【完】全能神ゼウスの神
気配
リカは私室を通り抜け、プロビデンスの間へ向かう。
廊下を足早に歩きながら、サタンへコンタクトを取った。
『イヴ。すぐに来な。』
それだけ伝えると、プロビデンスの間の扉を開ける。
中に入ると、そこへ置いたままだった杖を手に取った。
『イザーク。』
呼び掛けながら魔法を詠唱し杖をひと振りすると、ブオンッと音が鳴り、神の国と魔道界が繋がる。
そして、イザークの姿が現れると同時にイヴもプロビデンスの間に入ってきた。
「ちょっとー…せっかく愉しんでたのに~…。」
癖毛の金髪をかき混ぜながら、イヴが憤慨する。
「…何かわかった?」
おどけるイヴをリカがさらりと受け流すと、イヴが喉の奥で笑った。
「やーっぱ、何でもお見通しかー♡」
おどけながらスマホをポケットから取り出し、操作する。
「魔導師長。こちらは今のところ、発見に至っておりません。」
イザークの言葉に頷きながら、杖で床を突いた。
「引き続き、調査な。」
そう言うと同時に、床全体にイヴのスマホの画像が映し出される。
「まず、これがめいがヘラに抱きついた瞬間の俺の記憶です。」
確かに、イヴの叫び声と共に画面が強い光で白くなった。
「んで…これが、その時のめいの記憶。」
『ヘラ様から…離れて…!』
めいの声に、リカの体がピクリと反応する。
「…。」
そんなリカの横顔を、イヴはジッと見つめた。
めいの手から虹色の光が放たれた瞬間、リカの頬が奥歯を噛みしめるように歪む。
「ゼウス様、大丈夫ですか?」
「…ん。」
再びこみあげてくるものをグッと飲み込みながら、リカは続きを促した。
「…この場面を画像解析したところ、こんな画像が取れたんですけど…。」
イヴは心配そうにチラチラとリカをうかがいながら、そのデータをタップする。
パッと切り替わった画面には、めいがヘラに融ける瞬間が鮮明に映し出された。
「!」
リカはふらりとよろけ、倒れそうになったところをイザークとイヴに支えられる。
「魔導師長!」
「ゼウス様!」
二人が呼びながら、リカを床にそっと座らせた。
カタカタと小刻みにふるえる自らの体を、リカは抱きしめる。
その顔色は血の気がなく蒼白だけれど無表情を貫いており、そのゼウスとしての責任感と律する強さに二人はリカを改めて尊敬した。
「…ヘラが…フェアリーとして現れたんだ。御祓の泉に。」
「え!?」
驚くイヴの隣で、イザークが小さく息を吐いた。
「では、やはり吸収され…。」
「どうしたらいい?」
言葉を遮って、リカがイザークを見る。
「魔道界の文献に、何かヒントはない?」
魔導師の中でも生き字引といわれているイザークは、色素の薄い水色の瞳を宙にさ迷わせながら顎を撫でた。
「今すぐに思い当たらないのですが…探してみましょう。」
無機質ながらすがるような表情のリカに、イヴがスマホの画面を消す。
そして、ポケットから何かを摘まみ出すとリカに差し出した。
「あの後、これが落ちてました。」
「っ!」
リカが息を飲む音が部屋に響く。
それは、リカのシャツのボタンだった。
慌ててリカは袖や胸元を確認する。
けれど、どのボタンも外れていない。
「…イヴ…!」
リカがハッとして顔を上げた。
「俺も、そう思いました。」
赤い瞳を煌めかせながら、イヴが小さく頷く。
リカは勢いよく立ち上がると、杖を持ったまま消えた。
「あっ!ずるい!!」
イヴも慌てて立ち上がる。
「どういうことですか?」
イザークが立ち上がりながら声を掛けるけれど、イヴは落ち着かない様子でその場をうろうろした。
「あ~もう!俺も連れて行ってよ!!ていうか、魔道界とつないだままでいいのかよ、ここ!」
イザークの問いを無視して所在なくうろつくイヴの耳に、くすっと小さな笑い声が聞こえる。
「…おまえがそんなに狼狽えるの、珍しいな。」
「ミカエル!」
プロビデンスの間に入ってきた陽は、イヴとイザークにやわらかな微笑みを向けた。
「ゼウス様が戻られるまで、僕が管理しておくよ。…おまえも行きたいんだろ?」
「…。」
イヴは警戒するように、赤い瞳を細める。
「…ふっ」
そんなイヴの視線に、陽は吹き出した。
「なんだよ、その目付き!もう、何もしないよ。」
爽やかな明るい笑顔に、イヴは少し警戒を解く。
「おまえ達の帰りを待ってる間に、ここでそこの賢者殿に色々とこの世の理を教えてもらってるから。」
サファイアの瞳をイザークに向け、にっこりと微笑む陽に黒さは見当たらない。
闇に敏感なイヴもすっかりミカエルらしさを取り戻した陽に、ホッと胸を撫で下ろし頷いた。
「じゃ、よろしく~♡」
いつもの軽い調子で手をふりながら、イヴは足早にプロビデンスの間を出て行く。
陽は扉が閉まるとふっと息を吐き出し、イザークへ向き直った。
「…賢者殿。協力してほしいことがあるのですが。」
作品名:【完】全能神ゼウスの神 作家名:しずか