【完】全能神ゼウスの神
新たなフェアリー
御祓の泉は、ゼウスとフェアリーしか入れない。
大天使ミカエルや魔王サタンでさえ、ゼウスの私室から泉へ続く通路へ一歩足を踏み入れた瞬間、消滅する。
そのはずなのに、なぜか魂の泉にヘラがいて、リカを後ろから抱きしめていた。
「…。」
驚きのあまり、リカは言葉が出ない。
ただ、目を丸くして、ジッとヘラを見つめるばかりだ。
そんなリカを、ヘラもジッと見つめる。
そしてしばらく二人で見つめ合った後、ヘラがぷっと吹き出した。
「!?」
びくっと小さく肩をふるわせるリカの横に移動しながら、ヘラは金の瞳を覗き込む。
虹色の光はヘラの体が離れると同時に消えた。
「化け物でも見たようね。」
くすくすとおかしそうに笑うヘラに、言い知れぬ不気味さを感じリカの背筋がぞくりとふるえる。
「あなたがゼウスになってから、私はいつも無表情のあなたしか見れなくなっていた。」
ヘラがするりとリカの頬を撫でる。
すると、再び虹色の光が広がった。
(めいなら、まず金色の光が生まれて、虹色に変化していたけど…。)
正直、フェアリーについては謎だらけだ。
ただゼウスを快復できるほどのオーラを持ち、ゼウスが男性の時はフェアリーは女性、ゼウスが女性の時はフェアリーは男性として生まれる。
リカがゼウスになって、めいは3人目のフェアリーだった。
そのいずれも寿命を迎えたのか、ある日突然魂が霧散して消えた。
過去に2回、すでにリカはフェアリーを迎えていたけれど、めいは他の二人と違っていた。
まず今まではリカが泉の中からフェアリーのオーラを持つ魂を見つけ出し、人の姿へ戻していた。
めいのように最初から人の姿で現れたのは、初めてだった。
けれど今までのフェアリーと違い、めいはヘラとリカの二人の生活に何の違和感ももたらさず、するりと入ってきた。
最初から居心地がよく、普段無口なリカが珍しく饒舌になったのもめいだけだった。
だから、フェアリーを迎えることに慣れていたヘラがだんだんと負のオーラを持つようになったのかもしれない。
「…。」
ヘラの心を読もうと、リカはヘラを見つめる。
けれど、何の考えも読み取れない。
(どういうことだ?)
リカはごくりと喉を鳴らしながら、この状況を正確に判断する糸口を掴もうと、ヘラヘ向き直った。
「ヘラ。」
リカに名前を呼ばれて、ヘラが嬉しそうに微笑む。
「さっきは、ココアごめん。」
謝ると、小さく首をふるヘラは、どこからどう見ても以前通りだ。
「悪いけど、もう一回淹れてくれる?」
するとヘラの顔がパッと明るく輝く。
「リカ!」
そして抱きつかれて、初めてリカはヘラが全裸なことに気づいた。
「…。」
思わず身を強ばらせるリカの首にしがみつきなら、ヘラは妖艶に微笑む。
以前のヘラならば、貞操観念が強く、決してこういうことはしてこなかった。
頭を撫でただけで恥ずかしがり、戯れに抱きしめた時は心臓が破裂しそうなほど激しく鼓動していた。
(魔物の影響か?それとも…。)
リカは確かめるように、その碧眼を覗き込む。
けれどやはり判断ができない。
とにかくこの場からいったん退きたいリカは、色気に満ちた笑みを返した。
「ヘラ。人間としての生は終わっても、私達は血の繋がった姉弟。」
すっと無表情になったヘラの体をぐいっと離すと、リカは素早く湖畔へ上がる。
「ちょっと出てくる。」
後を追うようにヘラが上がってきた頃には、リカはシャツを着ながら歩いていた。
「リカ、ココアは?」
こんな大きな声も、以前のヘラなら出さなかった。
めいを犠牲にして取り戻したはずのヘラ。
だけど、それすら取り戻せていないのかもしれない。
リカはヘラをふり返らず、片手を上げながら森から出て行く。
「戻ったら、よろしく。」
あっという間に森にひとり取り残されたヘラは、唇をぐっと噛みしめた。
作品名:【完】全能神ゼウスの神 作家名:しずか