【完】全能神ゼウスの神
虹色の命
ぷかりと魂の中に浮かびながら、リカは空を見上げる。
そこには、優しい光を放つ太陽が浮かんでいた。
神の国にも、太陽と月が存在する。
けれど、神の国は星ではない。
どこかの時空間に存在する世界で、ゼウスでさえ全てを把握しているわけではなかった。
『不思議な世界ですね、ここは。』
泉でオーラを回復する間、よく青い空を二人で見上げた。
ポツリと呟かれた言葉に、リカは視線をめいへ移す。
『ん?』
リカが考えてもみなかったことを、めいはよく言った。
『だって、普通人間は動物や植物を食べるのに、ここでは人間の魂を食べるじゃないですか。』
『…。』
『神たちは、もともと人間だったんでしょう?なのに動物や植物の魂を食べないだけでなく、同じ人間をペットにもするし…。なんで、人間同士なんでしょう?』
(言われてみれば、そうだ。)
『しかも、神々は命を宿し生み育てることはなく、魂の寿命を迎えたら消えていく。…それなら、神に選ばれる魂以外は、人間として死を迎えた時に消えればいいのに。そしたら、共食いのようなこと…しなくていいのに…。なぜなんでしょう。』
『…。』
(宝石のように綺麗な黒い瞳でまっすぐに見つめられたけれど、結局答えてやれなかった。)
『フェアリーを抱いたから、ゼウスに戻った?』
『…前例がねーから、わかんねー。』
『力を失ったのは…私だけ?』
『…。』
(あの時も…答えてやれなかった…。)
「全然、全知全能の神じゃねーじゃん!」
リカは瞼の上に腕を乗せ、二人で見上げた青い空を隠す。
初めて出会った時、そのあまりに酷い姿に驚いた。
けれど、フェアリーということは明らかだった。
ただ、人間のまま御祓の泉に存在する者に出会ったのは初めてで、今までになく強大なオーラを持ったフェアリーの誕生に正直戸惑った。
リカはすぐにその事情を探り、陽の悪事を知る。
その罪をゼウスとして裁かなければいけないけれど、まだ新たなミカエルが生まれていない中でその存在を消すことはできなかった。
それに、この眩しいくらいに清らかで美しい魂に、陽の黒い部分を知らせ悲しませ傷つけたくないとも思った。
だから、とりあえず陽に見つかる前に還してしまおうとした。
けれど、やはりその強大なオーラは隠すことができず、魔界のサタンにまで伝わってしまった。
(あの時は…大変だったな…。)
ミカエルとは思えない黒いオーラを発する陽に、震えながら必死に抵抗するめい。
そして、それを引っ掻き回すサタン。
その時のことを思い出し、リカは苦笑した。
まだそんなに日が経っていないはずなのに、ずいぶん昔の事のように思える。
実際、めいと一緒に過ごした時間は僅かだ。
けれど、その短い時の中で、めいはリカに大事なことを教え気づかせた。
そのひとつが『安らぎ』。
ゼウスになって、人間の時のような争いはなく、ただヘラとのんびり過ごしながら宇宙の均衡を保つ仕事をこなす、穏やかな時間を過ごしていた。
それは人間の時に喉から手が出るほど欲した生活で、感情を殺さないといけない苦労はあったけれど人間の時も同じような状況だったので、充分に満足だった。
けれど、そこにめいが加わり、声をあげて笑うことを知った。
めいはいつも素直で正直で、リカにも遠慮なく接してきたのでとても気楽だった。
そんなめいに、リカも自然と素直な姿を見せることができた。
毎日が新鮮で楽しく、初めて御祓の泉が『ホッとする場所』だと感じた。
だけど、そんな幸せは長く続かなかった。
僅かな油断から、二人を失うことになる。
身も心も傷を負いながらひとりたどり着いた魔道界で、魔導師の力を得たことに気づく。
魔導師は時空間を移動することができるので、リカは必死で二人を探した。
けれど、どこにも見つからない。
長い時を経る内に、リカは独りでいることに慣れていく。
魔道界での生活は、寂しいながらも気楽だった。
人間の時のように常に警戒することもなく、ゼウスの時のように感情を抑えることもなく、思うままに過ごせることが嬉しかった。
魔導師達は皆個性的でおもしろく、じょじょに打ち解けていき、魔道界で過ごすひとりの生活にも慣れていった。
けれど、何かがいつももの足りず、寂しい。
(ここで、めいと暮らしたい…。)
無意識に、そんな思いが生まれる。
正直、ヘラとめい、二人に対する思いは真逆だった。
ヘラは、守る『義務』のある存在。
幼い頃から味方でいてくれた、大事な『家族』。
けれどめいは、『傍にいたい』存在。
共にいると、心が浮き立つし穏やかになるしホッとする。
自分を律することもつくろうこともなく、自らの甘えや欲望をさらけ出しても受け止めてくれると信じられ、安心できる存在だった。
『それを安らぎって言うんですよ。』
ギルに言われ、初めてその言葉の意味を知った。
(安らぎ…か…。)
めいがサタンと一緒に魔界にいることに気づいた時、無意識に体が動いていた。
タブーを破り、魔界と魔道界を繋いで館を飛び出していた。
けれど、めいはフェアリー。
ゼウスに、必要不可欠な存在。
宇宙のことを考えた時、傍に置きたいという自分勝手な思いを封印せざるを得なかった。
自分の甘えでヘラを苦しめ、魔物にまでしてしまっていたことで、よりその想いを封じ込めた。
心を鬼にして突き放すけれど、どこまでも追いかけてきてくれるめいに、本当はずっと傍にいてほしいと言ってしまいたかった。
けれど、一度気楽な生活を知ってしまうとゼウスに戻る勇気がわかず、めいをゼウスに返さなければと思いながらも踏ん切りがつかず、ほとぼりが冷めるまで隠してしまおうとさえした。
(情けねーな…。)
(結局、我慢が爆発して抱いちまうし…。)
(その結果が、これか。)
ヘラを『守らなければ』という『義務感』で判断が鈍り、何もかもを中途半端にした結果、一番大事なものを失ってしまった。
めいが来てから、ここに来るのはいつも二人だった。
でも、今はひとり。
リカは、めいを探すようにぐるりと森を見渡す。
けれど、可愛い鳥のさえずりと羽ばたき、虫の声や羽音以外は何も聞こえないし、姿も見えない。
「…ほんとに」
思わず漏れ出た言葉だけれど、続きを口にできない。
…本当に、消えてしまったのか。
そう思った瞬間、リカの胸と喉が詰まる。
「…ぐっ…ごほっ!」
こみ上げたものを堪えきれず、嘔吐した。
それは魂の中を、虹色に輝きながら堕ちていく。
「ごほ…ぐ…ごほっ!」
吐くものがなくなっても、まだ内臓は何かを絞り出すようにひきつった。
「ぅ…うう…。」
リカは湖畔に顔を伏せながら、嗚咽する。
人間の時でさえ、嗚咽したことなんかないのに。
もちろん、リカだって涙を流したことはある。
幼い頃は、よく泣いていた。
けれど常に弱味を見せまいと、幼いながら声を圧し殺して涙を流してきた。
そんなリカも大人になってからは、泣くことはなかった。
最期…処刑をされる時、目の前でヘラが先に刑に処されたその時も、泣かなかった。
作品名:【完】全能神ゼウスの神 作家名:しずか