【完】全能神ゼウスの神
ゼウスの涙
リカがゼウスの部屋の扉を開けると、ヘラが赤いソファーから立ち上がる。
室内には甘い香りが広がっており、テーブルを見ると温かな湯気をあげるココアが用意されていた。
「おかえりなさい、リカ。」
ヘラが以前と変わらない清らかな笑顔で、出迎える。
リカはそんなヘラを暗い瞳でチラリと見ると、ココアへ視線を移した。
「疲れたでしょう。」
やわらかに声を掛けられるけれど、リカは虚ろな表情のまま、テーブル横を通り過ぎる。
「リカ、ココアは?」
僅かに動揺した様子でヘラが、慌てて呼び止めた。
そんなヘラに背を向けたまま、リカは御祓の泉へ続く扉に手を掛ける。
「ごめん。」
そして風のように、扉の向こうへ消えた。
背中で扉を閉めると、そのままもたれかかり、リカは薄暗い通路を見つめる。
『待ってください、リカ様!』
いつも後ろを追いかけてきた声が蘇った。
リカの鼓動がどくんと跳ねる。
『も~!また置いていく!!』
その声から逃げるように、リカは通路を駆け出した。
通路を抜けると、眩しい光に目が眩む。
まるでその白い光は、めいが融けた時の光のようで、リカは思わず目を手で覆い隠した。
(なんで、あの時止めれなかった…!)
爆発しそうになる感情を、唇を噛みしめて抑え込む。
リカはやわらかな草地を踏みしめると、再び御祓の泉のある森へ走り出した。
優しい鳥のさえずりが聞こえる。
足を止め、肩で息をしながら顔を上げると、穏やかな美しい森の湖畔の風景が広がっていた。
めいと二人でよく語らった丘に、大きな木々から木漏れ日が幻想的に降り注いでいる。
『リカ様は、神の国に来た時からゼウスだったんですか?』
『ん。』
『ヘラ様も、最初から一緒に?』
『いや。湖畔にいたのは、私ひとり。』
『ヘラ様はどこに?』
『この泉の中にいた。』
『え?この泉の中、ですか?』
『ん。』
『…ひ…人の姿だったんですよね?』
『いや。見つけてから、私が人の形にした。』
『…液体にしか見えないんですけど…どうやって?』
『オーラを嗅ぎ分けて。ここかなって。』
『…。(犬みたい。ここ掘れわんわん。)』
『…。』
『リカ様って、(花咲か爺さんの)わんこみたいですね!』
『ぷっ。(まさかそう来るとは…!)』
丘を眺めていると、めいとの思い出が蘇ってきた。
『そんなこと言うヤツは…。』
言いながらめいを抱え上げ、そのまま泉の中へ放り込む。
『うわぁっ!!』
色気のない悲鳴をあげながら、めいが泉に沈んだ。
『あっはっは!ざまーみろ。』
笑いながら衣服を脱ぎちょうど全裸になったところで、めいが泉から顔を出す。
『ひど!なんてことす…ぎゃーーー!!!』
怒りで赤くなっていた顔が更に赤くなり、めいはとことん色気の欠片もない悲鳴を上げ背を向けた。
『いい加減、見慣れな。』
からかうように言いながら泉へ入り、そのやわらかな体を後ろから抱きしめる。
『っ!!』
熱くなった体をふるわせ強ばらせるめいが可愛くて、つい悪戯心に火がついた。
『おまえも脱ぎなよ。』
熱を帯びた真っ赤な耳元に唇を寄せ、吐息混じりに囁きながらシャツのボタンを外そうと手を掛ける。
するとそれをふりほどくように、めいが勢いよくこちらをふり返った。
『もーっ、セクハラ!!』
そして拳骨で胸を殴られる、お決まりのパターンを思い出し、リカの口元がゆるむ。
「…ふっ。」
小さく漏らした笑い声と共に、足元にポタッと何かが零れ落ちた。
その瞬間、小さな虹色の光が生まれる。
「っ。」
驚いてリカが自らの頬に触れると、濡れた感触がした。
そして、その濡れた手のひらが虹色に輝く。
「…めい…。」
(めいを抱いて、私は完全にゼウスに戻った。)
(それと同時に、めいはフェアリーの力を失った。)
(でも、なぜかヘラと対峙している間に、めいにフェアリーの力が蘇っていた。)
「私がめいに挿れたことで、めいからフェアリーの力を吸い取り、フェアリーとゼウスの力が混ざったものを与えた?」
(ということは、私にもフェアリーの力が…?)
虹色に輝く水滴が後から後から頬を伝って足元に落ちた。
足元に虹色の光が生まれては、儚く消えていく。
まるでそれがめいの命のようで、リカは慌てて頬の涙を拭うと、虹色に輝く手を舐めた。
「しょっぱ。」
リカは苦い顔をすると、衣服を脱いで泉へ足を入れる。
「めいなら、甘いのに。」
小さく呟きながら、魂の泉へ身を沈めた。
作品名:【完】全能神ゼウスの神 作家名:しずか