【完】全能神ゼウスの神
分離
「リカ、何かわかったの?」
落とされないようにリカの首にしがみつきながらヘラが訊ねると、リカは無機質な金色の瞳で見上げてきた。
「ん。待ってな。必ず、二人とも助けてみせる。」
リカは瞳に記憶していたイザークの魔道書の文字を宙に写し出し、最後まで目を通しながらゼウスの私室を通り抜ける。
ヘラとめいは、魔導師にしか読めないその文字に首を傾げながら、リカを信じて彼に身を委ねた。
あっという間に御祓の泉に着くと、リカは畔の草むらにヘラをそっと下ろす。
そして、着衣のまま迷いなく泉に飛び込み潜ってしまった。
「リ…リカっ!」
めいとヘラが慌てて泉に身を乗り出して、底を覗き込む。
けれど虹色の光が広がり、中まで見えなかった。
なかなか浮上してこないリカに、だんだん不安になってきた時、ぷかっとリカの顔が現れる。
そして身軽に畔に上がってきたリカの手には、虹色のドロリとした液体のようなものが…。
「リカ、それは…。」
ヘラとめいが訊ねると、リカがニヤリと笑った。
「私とめいの体液が混じった物。」
そう。
これは、先ほどリカが泣きながら吐き出した物。
なんとなく複雑な気持ちになるのは否めないけれど、紛れもなく魔道書に書かれていた『ゼウスの体内物』だ。
しかも、めいを抱いた時に舐め取っためいの体液もそこには混じっているので、フェアリーの器を作る材料としてはこの上なく理想的な物だ。
「…。」
微妙な顔をするヘラとめいを気にすることもなく、リカは鼻歌まじりに魔道書に書かれている魔法を詠唱し始める。
すると、ボタンから眩い光が放たれ虹色の液体を包み込んだ。
リカは魔法を詠唱して杖を呼び寄せると、杖を天高く掲げ、液体に渾身の力を注ぐ。
その瞬間、目が眩む光が消え、そこにはめいが倒れていた。
リカは、ヘラをふり返る。
(めいさん…?)
「!」
確かに、ヘラの心の声が聞こえた。
(分離、成功か!?)
リカはフェアリーの力を失ったヘラが消滅しないよう、すぐにヘラを私室まで瞬間移動させる。
「うまく…いった…?」
ポツリと呟いて、足元のめいを見下ろした。
リカは草むらに膝をつくと、横たわるめいをそっと抱え上げ、軽く揺すってみる。
「めい?」
けれど、めいは人形のように血の気がなく、ぴくりとも動かない。
「めい!!!」
リカの心臓がどくんっと嫌な音を立てた。
先程より少し強めに揺すってみるけれど、やはり反応がない。
リカはめいの胸に耳を寄せる。
「音が…しない…。」
(器だけ再生できたけれど、中身は失敗したのか?)
リカの身体中から血の気がひいていった。
「めい!息をしてくれ、めい!!」
リカは腕に抱いていためいを草むらに横たえると、その白い唇に深く唇を重ねる。
薄く開いた唇をおし広げ、リカは酸素を分け与えた。
何度も何度も空気を送り込み心臓をマッサージするけれど、やはりめいの唇も顔も白いままで、ただの人形のようにしか見えない。
「嘘だろ…。」
めいの魂をヘラから抜き取ったのは間違いない。
けれど、それはどこに行ってしまったのか…。
リカはめいを再び腕に抱きあげると、草むらに力なく座り込んだ。
自然と涙が溢れてくる。
虹色の涙が頬を滑り落ち、顎からポタポタと滴り落ちてめいに降り注いだ。
すると、めいの体から、金色の光がやわらかに広がる。
「!」
リカが目を見開いて見つめた時、薄く開いためいの口にリカの涙が一滴、落ちて吸い込まれた。
その瞬間、唇と頬が桃色に染まり、虹色に変化する光の中で、ゆっくりと瞼がふるえながら開く。
黒い宝石のような瞳が輝きを取り戻し、リカと視線が絡んだ。
「…。」
リカは、驚きすぎて言葉が出ない。
ただ大きく見開いた金色の瞳と、逞しい腕はしっかりとめいを捕らえて離さなかった。
「リカ…。」
掠れた声でめいが名前を呼ぶ。
すると、リカの金色の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「め…」
声にならない声で、リカがめいをきつく抱きしめながら嗚咽する。
リカの少し長めの白銀髪が、さらさらとめいの首にかかった。
「ふふっ。」
くすぐったさにめいが身をよじるけれど、リカはそれすら許さないというようにその体を抱きしめ直す。
「め…がいねー…生き…いけねー…。」
声を詰まらせながら、リカはめいをきつく抱きしめた。
リカの愛情を改めて感じ、めいの目尻にも涙が滲む。
すると、めいの体が眩い白金の光に包まれ、リカは目を瞑った。
「めい!」
目を瞑ったまま、それでも絶対離すまいとめいの体を抱く腕に力を籠める。
数秒後、光がおさまると、リカはゆっくりと目を開いた。
「っ!」
リカがひゅっと喉を鳴らして息をのむ。
リカの腕の中のめいの額に、聖印が刻まれていたのだ。
「…これは…。」
聖痕かと思ったけれど、そうでもないようだ。
リカはめいを抱き上げると、そのまま足早に森を抜け私室へ向かう。
「ちょっ…自分で歩けるから!」
ヘラの反応を気にしてか、めいが暴れた。
けれどリカはそれを無視して、私室の扉を開けた。
明るい室内には、美しい金髪のヘラがそこにいて、笑顔で迎えてくれる。
「おかえりなさい。」
「ん。」
リカはいつも通りの短い返事を返しながら、心の中ではヘラが消滅していなかったことに安堵した。
「プロビデンスの間に行って来る。」
そう言いながら、めいを抱いたまま部屋を通り抜けるリカ。
「もー、ほんとに降ろして!!」
またヘラが哀しむのではないかと焦りめいは暴れたけれど、視線が絡んだヘラはやわらかな微笑みで手をふった。
「行ってらっしゃい。」
そこに負のオーラは全くなく、リカを見つめる瞳には『弟』への愛情が満ちている。
「…いってきます…。」
めいは戸惑いながら、ぎこちない笑顔を返した。
作品名:【完】全能神ゼウスの神 作家名:しずか