怒りの交差
この物語はフィクションであり、登場する人物、場面、設定等はすべて作者の創作であります。ご了承願います。
竜宮城
角館隆二が、一番最初、自分に疑問を抱いたのはいつのことだっただろうか? 元々小学生低学年の頃から、
――自分で納得できないことは信じない――
と感じる方だったので、少しでも疑問に思うと、他の人には理解できることが彼には理解できないでいた。
「どうして、勉強しなければいけないんだ?」
そのことに疑問を抱かない子供は少ないかも知れないが、ほとんどは、すぐに疑問をスルーしてしまうだろう。
それは、考えるだけ余計なことで、疑問を抱いたとしても、その疑問に何かの答えが得られたとして、勉強をしないでいいというわけにはいかない。そのことを皆分かっているからなのか、疑問に感じても、それ以上追求しようとはしない。
隆二も、他の人と同じように疑問に感じたが、その答えを見つけることができなかった。
――どうせ見つからないんだ――
と思ったのであって、答えを見つけることを前提に考えていなかった。
どうしてなのか、その頃は分からなかったが、
――答えが見つかったとしても、自分を納得させることができないだろう――
と思ったからだ。
他の連中と似てはいるが、皆は考え方の中心が「勉強」であって、隆二の場合は「自分」である。
――あくまでも自分中心の考え方が、何よりも最優先だ――
というのが、成長してからの根本的な隆二の考え方だが、この考え方の根拠は、小学生の頃に感じた勉強に対しての思いが最初だったに違いない。
小さい頃の隆二は、
――大人になんかなりたくない――
と思っていた。
大人の世界がどんなものなのか、想像でしかなかったが、子供の目から見ていて、言葉にすれば、
――自分中心でありたいと思っているくせに、まわりを立てようとしている――
という感覚で見ていたのだろう。
実際には、ここまでハッキリとした印象を子供の頃から持っていたはずはないと思うが、少なくとも、他の子供たちとは違って、明らかに優越感を抱いていた。
だが、その頃から隆二はずっと抱いている思いがある。
――俺には他の連中と違って、何かが欠けているんだ――
という思いだった。
それは、人間として持っていなければいけないものが欠けているという思いで、その思いがあるからこそ、物事を考える上での最優先は、
――自分が納得できること――
なのである。
勉強をすることを自分で納得できないことで、学校にいても面白いはずなどない。自分で気付かないうちに、まわりに対して高圧的な態度を取っていたのだろうか、まわりから次第に反発を受けるようになる。
それが苛めに繋がってくるのも無理もないことだろう。
先生は、そんな事情を知る由もなかった。子供たちの間で、苛めが発生する時というのは、得てして、苛めている方も苛められている方も、
――いつの間にか、こんな状況になってしまっていた――
と感じていることが多いのかも知れない。
隆二が苛められ始めた時も、苛める方は、どうして自分たちが彼を苛めるのかというと、その理由は、
「見ていて、苛めたくなるから」
という漠然とした理由しかない。
だから、大人に何か言われて、自分たちに正当性がないことが分かっているので、なるべく大人たちに気付かれないようにしようと目論む。
苛められている隆二の方も、
「苛められることに納得できない」
と思っているが、それはあくまでも、
――苛められること――
であって、苛める方の理屈ではない。
つまりは、納得できないのは、自分の中でのことであるため、誰にも自分の気持ちを明かしたくはない。もちろん、それは大人に対してもである。
苛めている方、苛められている方、双方が隠そうとしているのだから、何となくおかしいと気付いた大人がいても、それを追求することは難しい。何しろ相手は子供であり、下手に刺激すると、父兄が黙っていないのは分かっているので、深入りは禁物である。
五年生になった頃に、急に苛められることはなくなった。考えてみれば、どうして苛められることになったのか、そして、急にどうして苛められなくなったのか、そのどちらも分からなかったことで、実際に苛められていた時期というのが、どれほどの期間だったのか、頭の中で曖昧になっていた。
そのせいもあってか、自分が本当に苛められっこだったのかという意識も、中学にあがった頃には、ほとんどなくなっていた。
中学二年生の頃だっただろうか。その頃には友達も何人かいて、普通の中学生として中学生活を送っていたのだが、その友達がうっかり、
「お前も苛められっこだったのにな」
という一言を発してから、思い出さなくてもいいことを、隆二は思い出してしまったのだ。
その友達は、苛めっ子の一人だった。目立たないように後ろの方で苛めていたのだが、本当なら、一番姑息な態度だったこんな男と友達になるなど、考えられないはずなのに、友達になったということは、それだけ自分の中で苛められっこだったということは風化していたのだろう。
――いや、それとも思い出したくない過去として、必要以上の意識として記憶されていたからだろうか?
と感じたが、言わなくてもいいような余計なことを口走ってしまうやつを友達にしてしまった自分は、それほど友達を作りたかったという気持ちの裏返しだったのかも知れない。
そんな彼に、
「お前は後ろで姑息に苛めていたからな」
と、隆二も言わなくてもいい一言を言った。
もし、それで友達としての仲が解消させるのであれば、それはそれで仕方がないと思ったのだ。
だが、その友達は、最初こそ、
――しまった――
という顔をしたが、悪びれる様子もなく、まるで開き直ったのだろうか、平静を装っているかのように見えた。
「あの頃は、苛めっ子たちの後ろに控えていないと、自分が苛められるという被害妄想に駆られていたからな。お前には悪いことをしたと思っているけど、苛めっ子にだって、それぞれ事情というものがあるんだ」
それを聞いて、
――人を苛めておいて、どんな事情があるというんだ――
と思い、その言葉が喉まで出掛かっていたが、何とか今度は抑えることができた。
それを見て、彼は続ける。
「あの時、他の苛めっ子連中に、お前がどんな風に写ったのか分からないんだが、俺にはお前の中に女の子を感じたんだ。それは一瞬だったんだけど、その思いがずっと頭の中にあって、お前の顔を見ると、イライラが頂点に達して、苛めっ子の裏に控えてでも、何とか自分のイライラを解消させなければ気がすまなかった。さっき言った自分が苛められるからという理由もウソではないが、優先順位からいうと、イライラを解消させなければ、自分の気が狂ってしまいそうになるのをどうしようもなく感じたからなんだ」
その言葉を聞いて、
「そういえば、ちょうどその頃、親からも言われたことがあった」
「何をだい?」
竜宮城
角館隆二が、一番最初、自分に疑問を抱いたのはいつのことだっただろうか? 元々小学生低学年の頃から、
――自分で納得できないことは信じない――
と感じる方だったので、少しでも疑問に思うと、他の人には理解できることが彼には理解できないでいた。
「どうして、勉強しなければいけないんだ?」
そのことに疑問を抱かない子供は少ないかも知れないが、ほとんどは、すぐに疑問をスルーしてしまうだろう。
それは、考えるだけ余計なことで、疑問を抱いたとしても、その疑問に何かの答えが得られたとして、勉強をしないでいいというわけにはいかない。そのことを皆分かっているからなのか、疑問に感じても、それ以上追求しようとはしない。
隆二も、他の人と同じように疑問に感じたが、その答えを見つけることができなかった。
――どうせ見つからないんだ――
と思ったのであって、答えを見つけることを前提に考えていなかった。
どうしてなのか、その頃は分からなかったが、
――答えが見つかったとしても、自分を納得させることができないだろう――
と思ったからだ。
他の連中と似てはいるが、皆は考え方の中心が「勉強」であって、隆二の場合は「自分」である。
――あくまでも自分中心の考え方が、何よりも最優先だ――
というのが、成長してからの根本的な隆二の考え方だが、この考え方の根拠は、小学生の頃に感じた勉強に対しての思いが最初だったに違いない。
小さい頃の隆二は、
――大人になんかなりたくない――
と思っていた。
大人の世界がどんなものなのか、想像でしかなかったが、子供の目から見ていて、言葉にすれば、
――自分中心でありたいと思っているくせに、まわりを立てようとしている――
という感覚で見ていたのだろう。
実際には、ここまでハッキリとした印象を子供の頃から持っていたはずはないと思うが、少なくとも、他の子供たちとは違って、明らかに優越感を抱いていた。
だが、その頃から隆二はずっと抱いている思いがある。
――俺には他の連中と違って、何かが欠けているんだ――
という思いだった。
それは、人間として持っていなければいけないものが欠けているという思いで、その思いがあるからこそ、物事を考える上での最優先は、
――自分が納得できること――
なのである。
勉強をすることを自分で納得できないことで、学校にいても面白いはずなどない。自分で気付かないうちに、まわりに対して高圧的な態度を取っていたのだろうか、まわりから次第に反発を受けるようになる。
それが苛めに繋がってくるのも無理もないことだろう。
先生は、そんな事情を知る由もなかった。子供たちの間で、苛めが発生する時というのは、得てして、苛めている方も苛められている方も、
――いつの間にか、こんな状況になってしまっていた――
と感じていることが多いのかも知れない。
隆二が苛められ始めた時も、苛める方は、どうして自分たちが彼を苛めるのかというと、その理由は、
「見ていて、苛めたくなるから」
という漠然とした理由しかない。
だから、大人に何か言われて、自分たちに正当性がないことが分かっているので、なるべく大人たちに気付かれないようにしようと目論む。
苛められている隆二の方も、
「苛められることに納得できない」
と思っているが、それはあくまでも、
――苛められること――
であって、苛める方の理屈ではない。
つまりは、納得できないのは、自分の中でのことであるため、誰にも自分の気持ちを明かしたくはない。もちろん、それは大人に対してもである。
苛めている方、苛められている方、双方が隠そうとしているのだから、何となくおかしいと気付いた大人がいても、それを追求することは難しい。何しろ相手は子供であり、下手に刺激すると、父兄が黙っていないのは分かっているので、深入りは禁物である。
五年生になった頃に、急に苛められることはなくなった。考えてみれば、どうして苛められることになったのか、そして、急にどうして苛められなくなったのか、そのどちらも分からなかったことで、実際に苛められていた時期というのが、どれほどの期間だったのか、頭の中で曖昧になっていた。
そのせいもあってか、自分が本当に苛められっこだったのかという意識も、中学にあがった頃には、ほとんどなくなっていた。
中学二年生の頃だっただろうか。その頃には友達も何人かいて、普通の中学生として中学生活を送っていたのだが、その友達がうっかり、
「お前も苛められっこだったのにな」
という一言を発してから、思い出さなくてもいいことを、隆二は思い出してしまったのだ。
その友達は、苛めっ子の一人だった。目立たないように後ろの方で苛めていたのだが、本当なら、一番姑息な態度だったこんな男と友達になるなど、考えられないはずなのに、友達になったということは、それだけ自分の中で苛められっこだったということは風化していたのだろう。
――いや、それとも思い出したくない過去として、必要以上の意識として記憶されていたからだろうか?
と感じたが、言わなくてもいいような余計なことを口走ってしまうやつを友達にしてしまった自分は、それほど友達を作りたかったという気持ちの裏返しだったのかも知れない。
そんな彼に、
「お前は後ろで姑息に苛めていたからな」
と、隆二も言わなくてもいい一言を言った。
もし、それで友達としての仲が解消させるのであれば、それはそれで仕方がないと思ったのだ。
だが、その友達は、最初こそ、
――しまった――
という顔をしたが、悪びれる様子もなく、まるで開き直ったのだろうか、平静を装っているかのように見えた。
「あの頃は、苛めっ子たちの後ろに控えていないと、自分が苛められるという被害妄想に駆られていたからな。お前には悪いことをしたと思っているけど、苛めっ子にだって、それぞれ事情というものがあるんだ」
それを聞いて、
――人を苛めておいて、どんな事情があるというんだ――
と思い、その言葉が喉まで出掛かっていたが、何とか今度は抑えることができた。
それを見て、彼は続ける。
「あの時、他の苛めっ子連中に、お前がどんな風に写ったのか分からないんだが、俺にはお前の中に女の子を感じたんだ。それは一瞬だったんだけど、その思いがずっと頭の中にあって、お前の顔を見ると、イライラが頂点に達して、苛めっ子の裏に控えてでも、何とか自分のイライラを解消させなければ気がすまなかった。さっき言った自分が苛められるからという理由もウソではないが、優先順位からいうと、イライラを解消させなければ、自分の気が狂ってしまいそうになるのをどうしようもなく感じたからなんだ」
その言葉を聞いて、
「そういえば、ちょうどその頃、親からも言われたことがあった」
「何をだい?」