黄泉明りの落し子 三人の愚者【後編】
「……ヌーマスのじじいは、ひょっとすると、アニの別の男だったのかもしれない。あるいは、追っ手だったのかもしれねえ……まあ今になってはわからねえが、どちらにせよ、ツケが回ってきた。それだけの話だ」
ならずものは息も絶え絶えに、言葉を継いでいた。
彼の額に冷や汗が浮かび、頬は、一層の土気色を帯びる。眼は虚ろだった。
ニコールの視界は、今、仄かな光に包まれていた。
一日の終焉を示唆する、冬の黄昏かの如く。
鈍い鎖の音が、断続的に鼓膜を刺激した。
巨大なケモノの、生暖かい息遣いが間近で繰り返されていた。
そして……見上げた先に、少女の面影を見出した。
首に鎖。艶かしい四肢の除く、みすぼらしい衣服。
開かれた胸元に鮮明に残された、生々しい古傷。
恐らくかつて奴隷だったであろう、前時代の面影。
彼女は、恐るべき巨体のケモノに騎乗していた。
優しく微笑んでいた。あのときと同じ――哀れみもない。悲しみもない。怒りもない。透き通った灰色の眼で。静穏なる眼差しで。
その傍らで、ケモノの眼光を、殺意を、ニコールはハッキリと感じていた。
不思議と恐怖はなかった。ただ、ゆらめく少女の金髪と、ケモノの金色のたてがみが、夕暮れに揺れる町外れの麦畑に似て、愛おしくすら思えた。
視界が、ぼんやりと霞んでいく。
「夢の中で、あんたは俺に何が欲しいのかと聞いたな」
ニコールは、諦めたかのように―ーあるいは、やっと肩の荷を降ろせるとばかりに微笑むと、眼を閉じた。
ただ眠らせてくれや。ああ、できればアニの奴に……ひとことだけ――。
作品名:黄泉明りの落し子 三人の愚者【後編】 作家名:炬善(ごぜん)