黄泉明りの落し子 三人の愚者【後編】
ルヴェンは、息も絶え絶えに、かけずりまわっていた。
ヌーマスの姿は、見つからなかった。
彼がいたはずの、ひらけた地点。
そこには、血痕と、二丁の拳銃、そして彼が仕込み杖として活用していた刺突剣のみが残されていた。
衝動的に彼の仕込み杖を手にしたルヴェンは、そのままあたりを探し回った。
「ヌーマスさん? ヌーマスさん!」
泣きじゃくるかのように、ルヴェンは四方の闇と木々へと呼びかけた。
「あなたは両目を失っている! 遠くにはいけません! 私が助けます、どうか――」
ルヴェンは、ヌーマスの声を聞いた気がした。
クククッという、あの笑い声を。
一瞬のみの、ことであった。
『お前ら まさか、この森の噂も知らねぇでこの森に来たのか?』
ルヴェンの脳裏に、彼の言葉が思い出されていた。
『この森はなァ……もはやこの世の気配じゃあねえんだよ』
自害の機を伺う中でも、焼きついた言葉が。
そしてルヴェンは、思い当たった。
人食いのケモノと、それを駆る少女がいる――!
「まさか」
ルヴェンは、走り出した。
ヌーマスは、もういない。
この気弱な神父を打ちのめすのには本来、その事実だけでも十分すぎるほどだった。
神よ、神よ! 神よ!!!
肺に圧し掛かるかつてない過労に、胸の内を押しつぶさんとする筆舌に尽くしがたい心労に、ルヴェンは喘ぎに喘いだ。
泣きじゃくりながら、走り続けた。
そうして到達した樹の根に、ニコールの姿はなかった。
ヌーマスと同じく、彼のいた跡には、血痕が残されていた。
ルヴェンが応急処置として巻いたはずの布切れだけが、その上に取り残されていた。
ルヴェンはがっくりと膝をついた。ヌーマスの剣が、手から零れ落ちた。
彼は叫んだ。ひたすらに泣いた。
地面に伏せ、転がった。赤子のように。
「私は、私は――」
法衣を土ぼこりと涙と鼻水で汚しきり、彼は嗚咽する。
「誰も救えなかった。結局すべてを、取りこぼした……!」
唸りと共に、彼はヌーマスの剣を両手でひっつかんだ。素手で、刀身から。
「そうだ」
狂乱に駆られ、切っ先を首に向ける。
私は、この為にこそこの森に――……!
恐ろしい唸りが、迫っているのをルヴェンは感じていた。
ヌーマスが自分達を殺害せんとした、あの時にも聞いた、ケモノの唸り。
それは、死ねとばかりに。貴様も憎悪の供物だと、いわんばかりに。
彼の刃を急かすかのように、恐怖を駆り立てる。
恐怖。絶望。無力。刀身をつかむ、震える両の掌から、血が滲み出す。
彼は眼を閉じた。そして、手に力を込めた。
作品名:黄泉明りの落し子 三人の愚者【後編】 作家名:炬善(ごぜん)