黄泉明りの落し子 三人の愚者【後編】
ああ、お前ら。
ちょいと話相手になってくれよ。
そこのあんたはアニには似てねえし、面影もないが、成る程べっぴんさんじゃねえか。
ああ……「アニ」ってのは、俺の妻だよ。
俺はこんなナリだが、裏社会だの抗争だのとは縁のない市民だったんだ。
まあ、酒場で殴りあい、小競り合い、なんてのはよくやらかしたがよ。
生まれも育ちも、北の町だ。
俺は神なんてのは信じちゃいなかったが、アニのやつは敬虔だった。
よく町の教会にもいってたよ。
俺はろくでなしだが、アニは町の皆に好かれていた。
俺にはもったいない女だったのに、彼女は俺を愛して、俺の分まで祈ってくれてたよ。
けどあいつは……その実、裏で麻薬の売買に身を染めていた。
俺らの家で、あいつの鞄を間違ってひっくり返しちまったとき……大量の葉巻麻薬が現れたってわけだ。
始めは軽いはこび屋だったのが、後戻りできなくなったのだろうよ。
あんたらは知らないだろうが、このご時勢、麻薬の密売ってのは、バレたが最後。親族も問答無用で、お縄になる。
逆上した俺は、酔った勢いもあって、アニを殴りつけちまった。
だが、そもそもの間違いは、俺の酒癖と、博打癖だった。
それで生活の糧までも、俺は潰しちまってたんだからよ。
酔いが醒めて、我に返ったときには、手遅れだった。
あいつは――首を吊って死んでいた。
俺は嘆いたが、なにより、怖かった。
俺の為に麻薬の売買に手をそめていたあいつが……敬虔な信徒って評判の彼女が、俺のせいで恥辱されるのがよ。
だが結局、俺は俺を守りたかっただけだったわけだ。
俺が彼女を自殺に追い込んだことに向き合うのも、麻薬の罪が俺に及ぶのも。
俺は逃げたよ。床一面の麻薬を、端から端までぜんぶ、鞄に詰め込んでな。
そん時にも、酒だけは手放せなかったんだから、皮肉な話だ。
新月の夜に、アテもなく、俺は町を飛び出した。
とにかく、狂ったみたいに走りまくった。
すてなければ、すてなければ、すてなければ。どこか遠い、誰にも気づかれない場所で。
……そうするうちに、俺は森に迷い込んでいた。
俺は神なんてのは嫌いだよ。
けど俺の酒癖も、敬虔なはずのアニが麻薬に手を染めざるを得なかったのも。
そんな俺たちが、出会って、愛し合ってしまっていたのも。
そもそも俺みたいなろくでなしが、生まれて生きてきたってのも。
神の思し召し、って奴なのか?
今でも神なんてのは信じちゃいねえがよ。
考えたら、余計胸糞悪い話じゃねえか。
作品名:黄泉明りの落し子 三人の愚者【後編】 作家名:炬善(ごぜん)