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炬善(ごぜん)
炬善(ごぜん)
novelistID. 41661
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黄泉明りの落し子 三人の愚者【後編】

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 神よ。

 私はもはや地獄へ落ちる身でございます。
 我が身にはもはや、懺悔すら許されないのかもしれません。
 しかしながら、ここに罪を告白致します。

 私は厳格なる父の後を継ぎ、かの村で慎ましくあなたの声を届けるはずでした。
 神父として。時には、村医者の助手としても。

 しかし私には、幼き頃から忘れがたい娘がいました――彼女の名は、私の口から話すことはもはや許されませぬが――私が物心ついた頃から、恋焦がれた娘が。

 あちらは私のことを、よく知らずにいたでしょう。しかし私は、ずっと彼女を見つめていたのでございます。
 彼女の横顔を。
 切りそろえた、白みがかった銀髪を、そのか細き指で払うしぐさを。
 村の草原で、幼き子供達と戯れる、花のような笑顔を。

 彼女は二十歳にて、村の男性と将来を誓い合っていました。

 私は自らの胸の内を隠し、かの救世主の御言葉のもと罪深い情欲を退け、彼らの新たなる旅立ちを、我が教会にて祝福するはずでした。

 ところが、彼女は、馬車に轢かれ、急逝してしまったのでございます。

 首の骨が折れ、手の施しようもなかったのです。
 彼女の婚約者、彼女の親族、彼女と遊んだ子供達。
 その嘆きは、筆舌に尽くしがたいものでございました。

 葬儀の前夜。半月の夜。
 遺体は我が教会にて、安置されました。
 教会には私と、彼女のみとなりました。
 
 棺の小窓。
 天窓から差し込む月明かりに照らされたその顔(かんばせ)は、寝息を立てるかのように安らかでございました。
 その組まれた指先に、黄金の比率を垣間見ました。
 その唇は、白銀の艶を帯びておりました。

 そうして、我が身に悪魔が宿りました。
 否……我が身の内の悪にこそ、私は敗れたのでございます。

 ああ、悔やんでも悔やみきれません。
 悔やんでも、悔やんでも、悔やんでも。

 私は、そっと棺を開きました。
 そして、その組まれた両の手に、我が左手を絡めたのでございます。
 
 ………………
 ………………

 獣の如き我が冒涜は、紛失物を探し戻った親族によって、白日の下となりました。

 小さな村でございます。
 静かな夜は、たちまち魔女狩りの様相と化しました。
 当然の報いでございます。
 肌蹴た服のまま、ありあわせの品だけを袋に詰め、私は無様にも村を飛び出したのでございます。

 一晩中、狂ったように走り抜け、私は気づけばこの森に迷い込んでいたのであります。
 
 かの伝道師にして詩人は、その歌に書き残しました。
 色欲に溺れたものは、終焉まで、地獄で荒れ狂う暴風に巻き上げられ、息もできぬ中、肌を裂かれ、苦しみもがくと。
 彼の人の魂を救えなかった私は、色欲に溺れるに留まらず、彼の人の肉体を汚しめました。
 ややもすると、最下層の氷獄にて、永劫の贖罪を受けることになるのかもしれません。

 何にせよ、私はもう生きるのに耐えられない。 
 情欲に負け、一生の恥辱に満ちた自らを許せない。
 悪魔に魅入られ、欲にまみれた自らを、嫌悪して止まない。
 
 例え地獄にて、私を待つものが何であったとしても、私はもうこの世界で生きることは耐えられない!

 ……そんな私が今、命を救いたいと願っている。傲慢にも。
 取りこぼすかもしれないというのに。

 私が食料を分け与えた、ニコールさん。
 彼は「神など呼ぶな」と憤りました。深い事情があることでしょう。
 しかし……おお、神よ。きっとこれは私の傲慢なのでしょう。
 私の自己満足に過ぎないのでしょう。

 ですが、彼の為に行動を成すその瞬間――食事を与え、庇い、拙いながらも治療を施す。
 私はその時だけ、自らの罪の重みから、自由になっていたのでございます。


 ですが私は、結局罪人なのでございます。
 私はただ、自らの身が可愛くて――