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炬善(ごぜん)
炬善(ごぜん)
novelistID. 41661
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黄泉明りの落し子 三人の愚者【後編】

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 ニコールに引っつかまれ、ルヴェンは嗚咽していた。
 その神父が泣きじゃくる面構えが、薄暗い視界の中でもニコールには、はっきりと見て取れた。

「ルヴェンさん……!」彼は息も絶え絶えに、訴える。「なにをしてるんです……! 私を死なせてください! ……死なせてください、死なせてください!」

「おい、ルヴェン……」
 ニコールは、この男への困惑を禁じえなかった。
 だがそれは間もなく、激しい怒りにとって変わった。
「どういうことだ……!」
 ニコールはルヴェンの胸倉を乱暴にひっつかみ、強引に引き寄せる。
 このならず者の体力は未だに激しく消耗していたが、彼の激情は全身の筋肉を隆起させた。

「どういう冗談だ、ああ? 神父さん。人様を飢えから救っておきながら、自分はこんな森の中で汚い首吊り死体になろうってハラかよ!」
「そ、それは……」
「おぉ、おぉ、盛り上がってるじゃねえか、諸君!」
 割って入る、場違いなほどに明るい大声。

 続けて響く――トントントン、トン――杖を打ちつけ、足元を確かめながら迫る音。素早く、距離が縮められていく。
 その音が途絶えた。
 ニコールは見上げた。
 目線の先に、ヌーマスがいた。
 
「おっさん……テメエ」

 閃光。
 金属と火薬の爆ぜる音。
 空気を劈いた、銃声。

「な」
 ニコールは呆けたように呟いた。がくりと、膝をついた。
 その横で、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったルヴェンの顔が、恐怖に染まった。
「いやああああああ!」
 腰を抜かした女のような神父の悲鳴が、響き渡った。
 ニコールの褐色の着衣……その左大腿部に、血が広がっていた。

「こんなところでお目にかかれるとは思ってなかったよ」
 ヌーマスの、冷ややかな声。
 その右手に握られた燧発式拳銃を、彼は放り捨てていた。
「なんの……ことだ……!」
 続けてもう一発。目にも留まらぬ速さで懐から抜かれた、もう一丁の銃。
 左肩を劈いた激痛に、ニコールは叫んだ。
「クソめ」
 二丁目の拳銃を放り捨て、ヌーマスは距離をつめる。
 足取りは変わらず、どこか不安定だが、その歩みには、一切の迷いがなかった。

 彼は、杖を前に掲げる。杖の中から引き抜かれ、ぎらりと刀身が現れていく。 
仕込み杖だ。
「ド畜生……!」
 激痛に悶絶するニコールは恨めしげにうめく他なかった。
 ヌーマスは答えなかった。
 片目の男はただ、冷ややかに、剣を構えた。
「死ね」

 だが。
 ニコールを庇うかのように、屈んだ姿勢のままルヴェンが進み出たのは、その時だった。
「……なんの真似だ? あー、ルヴェン君よ」
 殺気を帯びた、白みがかった右目が、無力な青年を見下していた。
 神父の体はガタガタと振るえ、涙と鼻水で汚れたその顔(かんばせ)は、恐怖に引きつっていた。

「……おやめください、ヌーマス殿。きっと何かの間違いだ」
 ルヴェンは声を、絞り出す。
「どいてくれや若造。お前さんじゃ俺には勝てねえぞ」
「きっと、何かの誤解です」
「お前さんには関係のねえことよ。さあどけや」
「でも……!」

「でもなんだ?」侮蔑の声。
「あんま言いたかァねえがよ、お前さん、死ぬ気なんだろ?」
 ルヴェンの目が、大きく見開かれる。
「おまえさんの事情は知らねえがよ、俺はそいつを殺して、あんたもここで死ぬ。それでこの話は終わりなんだよ」
 ヌーマスは、言葉を継いだ。
「それから、ハッキリ言ってやるがよ、あんたの欲しいもんは、そいつたぁ何の関係も――」
「それでも!」
 ルヴェンが突然に叫び、ヌーマスの声が遮られた。
「成さねばならぬことだと! 私は、私は―――!!!」

 うなり声。
 森の空気が、総毛立ち、世界が震えた。 

 ニコールも、ルヴェンも、ヌーマスも、等しく動揺した。
 たて続く、獅子の如き、咆哮。
 三人は周囲を見渡すが、その声の主は見えなかった。
 それなのに、その声はあまりにも近かった。
 あまりにも大きかった。

「ルダ……?」
 ヌーマスの声。
 ルヴェンは見上げた。
 先ほどまで、二人を見下ろしていた片目の殺人鬼が、あらぬ方角に体を向けていた。亡霊でも見るかのように。幻覚に囚われているかのように。
「何で、何でお前さんが――」

「どけ!」
 ニコールが、ルヴェンを押しのけた。
 彼は懐から取り出した大口ナイフを、ヌーマスに投げ放った。
 表情を苦痛に歪め、弱々しく放たれたそれはしかし、正確な弧を描いた。
 そして。
「ぎゃあっ!」
 とっさに振り向いて向いてしまったヌーマスの右目に、突き立てられた。
 彼の、最後の目に。

「そんなっ……!」
 打って変わって、ニコールへと駆け寄らんとしたルヴェンは、背後でニコールが激しく喀血する呻きを聞いた。

「ヌーマスさん……ごめんなさい!」

 彼はニコールを助け起こした。本来非力なこの神父の筋肉が今、枷が外れたかのごとく、驚異的な力を発揮していた。
 神父と、彼に支えられたならず者は、駆け出した。
 乱れた足で、しかしながら絶え間なく。

 二人の姿は、消えていく。
 森の更に、奥。その闇の中へと。