小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集26(過去作品)

INDEX|9ページ/20ページ|

次のページ前のページ
 

 特に夏などは湿気のせいなのか、ずっと涼しかった。それほど広い範囲でもないのに、その一帯だけが涼しいのだ。
「何かが宿っているんじゃないのか?」
 幽霊や妖怪の類の話が好きな友達は面白がっていた。怖いもの知らずなのか、それとも無神経なのか、今となっては分からない。だが、いくら時間が経とうとも、その時の気持ち悪さを思い出すことができるのは、決して乾くことのない土を見たからに違いない。
 古井戸を覗き込んだりもした。さすがに落ちてしまっては一溜まりもないので、しょっちゅうではないが、井戸の底から聞こえてくる音はただの風の音だとはどうしても思えない。
「まるでこの下に怪獣でもいるみたいだな」
 怪獣好きのやつが言えば、
「何言ってるんだよ、井戸の底には横穴が通っていて、そこが海にでも通じているんじゃないか」
 というやつもいた。
「いやいや、ここは昔の防空壕に繋がっているのさ。横穴というのは間違いじゃないだろうけどね」
 一番この意見に信憑性がありそうだ。
 大人に聞けば知っているだろう。特にここの住職なら間違いなく知っているだろうが、聞かない方が却って想像力が豊かになっていい。だがそのうちには聞いてみたいと皆が思っていて、「そのうち」が結局いつか分からなくなったのが真相で、結局誰も知らないままうやむやもなってしまった。心の中には、
――何かが宿った横穴――
 というイメージで残ってしまった。他の皆はどうだったのだろう?
 その時の気持ちを今になって思い出していた。もしあの時、音の真相を聞いていれば、隣室から聞こえてくる不気味な声のようなものが気にならなかったかも知れない。いや、耳にしなかったことだろう。
――もし、この部屋の住人が自分でなければ――
 そう考えると、音の原因を確かめたいが、探ってはいけないように思えてならない。
 それにしても、本当に里絵の部屋は静かだった。夜になり彼女が部屋に帰ってきたのを通路でバッタリ出くわしたので、部屋にはいるはずである。出かけたにしても、扉を開け閉めする音は聞こえなかった。間違いなくいるはずである。
 テレビの音も聞こえない。歩く音すら聞こえない。まるで息を潜めてじっとしているように思えてならないのだ。
 その日は少々ビールを飲んでいたこともあってか、少し顔が上気していた。家の近くの焼き鳥やでいっぱい引っ掛けながら食事をしてきた。そんなことは珍しいのだが、その日は急に焼き鳥が食べたいと思い立ったのだ。
 思い立つとすぐに行動するのが、日高の性格で、匂いに誘われての衝動的な行動だったのだが、それはそれでよかった。最近アルコールを口にしていなかったので、少し酔ってはいるが、ほろ酔い気分で帰ってくるくらいがちょうどいい。
 部屋の中に入ると、急に冷たい空気を感じた。一人暮らしなので、部屋に帰ると中から冷たい空気が吹き出してくるのは当たり前なのだが、その日は特にそう感じた。
 あまり神経質ではない日高の部屋は、散らかっているというところまではいかないが、整理されているわけではない、逆に適当に散らかっているくらいの方が落ち着いた気分になれる。これも性格なのだから仕方がない。今まで整理整頓をしようと思っても、どこかに冷たさを感じるのだろう。ものを簡単に捨てることができず、溜まってしまったものが部屋の奥に置かれている。もし彼女でもできれば変わるのだろうか?
――人の性格ってそんなに簡単に変わるものじゃないだろう――
 そう考えると、部屋の掃除をこまめにしようとは思わない。部屋に暖かさを感じるからだ。きっと言い訳なのだろうが、それも一つの真理ではないだろうか。
 いつもならテレビをずっとつけているのだが、睡魔が襲ってきそうなので、早めにテレビを切って布団に入った。布団はいつも隣室との壁に寄り添うように敷いている。その日も同じように敷いているが、アルコールが入っているせいか、身体がむず痒くて眠れない。睡魔が襲ってきているのに眠れないというのも妙なもので、耳鳴りのようなものが頭の奥から聞こえてくるのを感じている。数日前に買ってきた文庫本を開いて読んでいると、やっと眠くなってきたようで、見ている文字が立体的に見えてくる。
――いよいよ眠りに就けそうだ――
 と感じたかどうか定かではない。
 気がつくと、部屋の明かりは消えていた。
――いつの間に消したのだろう――
 そういえば、以前に泥酔して帰ってきた時、その時も気がつけばちゃんと寝間着に着替えて電気を消して寝ていた。きっと無意識の行動で、潜在的なものなのだろう。
 気がついた理由は隣の部屋から気配を感じたからである。
――今まであれだけ気配がなかったのに――
 と思ったのもつかの間、聞こえてくる音に全神経を集中させた。
 先ほどまで感じていた隣の部屋の冷たさはない。物音が聞こえるだけで、暖かさを感じるのだから実に現金なものだ。
 ガサゴソという音が強弱をともなって、しかも重なって聞こえる。
――一人じゃないのかな?
 という思いが頭をよぎると、そこには淫らな想像が駆け巡る。
 今までまったく気配を感じたことのない隣室、薄い壁一つを隔てただけで、感じないのだから、ずっといなかったに違いない。今感じている音は紛れもなく静かな部屋に響き渡っている。しかも音の様子から、なるべく静かにしようという意図が表れているのに、漏れてくる音なのだ。
 隠そうとすればするほど淫靡に思えてくるのは、日高自身、欲求が溜まっているからかも知れない。大学に入ってから彼女もできず、一人暮らしの悶々とした生活、それなりの楽しみと期待があるのだろうが、無性に寂しくなる時がある。
 まわりの友達と比較してもそうだ。彼女のいる連中をまるで指をくわえるようにして見ている自分に情けなさを感じながら、自由であることに満足しようと考えている。
 自分が自由であることを一番感じる時間帯は、夕方である。夕日が西の空に沈みかける時間に、感じる気だるさ。身体全体で西日を浴びていると、ほのかに身体の奥から湧き出してくるものを感じる。それは冷たい汗ではなく、暖かい汗なのだ。なかなか冷たくならずに、程よい暖かさがしばし身体に残っていて、冷たくなる時を感じることなく、乾いている。そんな時間が日高には溜まらない。
 夕方の気だるさを、目が覚めたその時に感じた。身体全体が何かを欲しているような不思議な感覚、喉はカラカラに渇いているが、気持ち悪さを感じない。枕元にいつも置いてあるお茶を一口含むと部屋全体にゴクンという音が響いた。耳鳴りが自然に引いていくのを感じる。
 目覚めは決して悪いものではなかった。ゆっくりと覚めてくる目は、しっかりと現実を見つめているように思えるが、実際はそうでもない。まるで夢の続きを見ているようで、瞼の重たさがそれほど苦にならなかった。
 夢というのは潜在意識が働いて見るものだが、目が覚める寸前に見る。現実と夢の間にある時間とはごくわずかなのだ。しかも、夢を見ている時間というのは、想像するよりもずっと短い。本当に数秒だというから不思議である。
 そんな夢を見ている時の心の変化は本物なのだろうか? 過去のことを夢に見てみたり未来が浮かんできたりと実にさまざまである。
作品名:短編集26(過去作品) 作家名:森本晃次