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短編集26(過去作品)

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 目的完遂を目指すことが、達成感を得たいがためだけではなかったはずなのに、最近では、その思いだけで動いているような気がする。その途中で得られる満足感が、自己満足だけではないかと感じるからであろうが、時々そんな思いを虚しく感じることがある。
 それでも、まだ目的がハッキリしているだけいいのだろうと、自分で納得しようと試みる。しかし、どこまでハッキリしているか自分でも分からなくなる時がある。山の頂上に登っても、そこが本当に頂上なのか、疑いたくなる性格なのかも知れない。
 崖の上から下を見る夢を時々見ることがある。怖い夢を見ているのか、起きた時に覚えているのは、その時に見た断崖絶壁から見下ろした光景だけである。
 夢の内容を覚えていることなど希である。忘れたくない夢や、思い出したくない夢は、目が覚めるにしたがって、忘れていくようだ。いや、本当は覚えているのだろうが、現実という世界で、夢を思い出すことが難しいのは、夢という世界がパラドックスなのだと思っているからだ。
――パラドックス――
 決して出会うことのない世界。SFの本で読んだことがあるが、異次元世界など、その代表なのだろう。難しかったが没頭して読んでいたからか、あっという間に読んでしまった。そのために却って内容をほとんど思い出すことができない。

「あなたは、やっぱりここに来たのですね?」
 異人館の窓から下を見ながら、咲枝が呟いた。
 下を見ていると、しけている海原を見下ろす断崖絶壁を発想するのは、一瞬だけだった。しかし、何度も浮かんでは消える光景に、気持ち悪さは隠せない。
「ここに来たってどういうことだい?」
 その言葉を聞いて咲枝の表情に淫靡な笑みが浮かんだ。私に対して征服感を持っているようなそんな表情……。なぜそこに淫靡さを感じたのかは、きっと見覚えがあるように思えたからに違いない。
 夢の世界が交錯する。
「あなたは、私を知っているのですか?」
「ええ、きっと捜し求めていた相手だと思っています」
 先ほどまでまわりにいた観光客はいなくなり、誰もいない部屋に西日だけが差し込んでいる。眩しさを感じながら咲枝を見ていると、思わずその瞳に吸い込まれそうな錯覚を感じた。
 瞳の奥に見えるもの、崖に打ち寄せては消える波。だが、音が遮断されたように聞こえるのは耳鳴りだけだった。
「あなたは自己満足だけに生きる人、それを私は知っていたつもりだった」
 咲枝は私を知っていて、そして私の性格も把握しているというのだろうか。確かに自己満足だけで生きてきたことは認める。自分のことだけで精一杯だったと言えるからだ。
 だが、それも仕方がないことだと思っている。自分のことを把握することができずに、まわりが見えるはずないというのが私の持論でもある。わがままだと言われてもそれでいいと思っているのは、きっと何かに怯えているのに、それが何かハッキリと分からないからだろう。
――目に見えてこないもの――
 私が怯えているものだった。見えているものならきっとそれなりに対策があるだろう。克服することによって、真の自信を持つことができ、満足感、達成感を同時に味わうことができるはずだと思っている。
「知っているつもりだったとは?」
「それはあなたが私に拒否したこと。あなたは、私が嫌になったのよ」
「ちょっと待ってくれ。僕は君と今日ここで初めて会ったんだよ。その君と僕が以前に何かあったということかい?」
「私はいつもあなたのそばにいるつもりです。あなたは、一瞬だけでもそのことに気付いているんじゃないかしら?」
 ここに来る途中の駅の喫茶店で見かけた女性。それが彼女だったのかも知れない。そういえば今までにも同じように、
――見たことがあるな――
 と思っても、一瞬にしてその思いを打ち消されることもあった。まるで夢から覚めた瞬間の時のような気分である。
「私はあなたの前に一瞬しか現われることができないの」
「でも、今ここでこうやって話しているじゃないか?」
「それはあなたがここに来たから、ここにくれば、私はあなたと普通にお話ができる。あなたが来るのを私はずっと待っていたの」
「君は私が絶対にここに来ると分かっていたの」
「そうよ」
 話の内容は、まるで雲を掴むような話である。しかし、なぜか頭の中で話が組み立てられていく。咲枝の話に妙な信憑性と、記憶の中でもつれていた糸が解け掛かっているのを感じた。
「私はあなたの自己満足の犠牲になったのかも知れないわね」
 そう言って、下を眺めた。咲枝は続ける。
「ここから見ていると、だんだん下が遠くなって見えてくるの。下に打ちつけられたくないという意識が働くのかも知れないわね。きっと、打ち付けられると痛いんでしょね。底なしであってほしいと思うのよ」
 まるで、経験があるような言い方である。
――私は、この館の隅々まで知り尽くしているんだ――
 そう感じた時、前世というものを信じるのなら、ここの住人だったのが私だと言われれば、納得するだろう。
 私の脳裏に、落ちていく姿が見えたような気がする。そして次の瞬間「グシャッ」という鈍い音。思い出しただけで、関節に痛みが走るような気がする。
 きっと私が達成感を感じることができないのは、元からの性格だと思っていたが、それが前世からの因縁であったことに今気がついた。どうして私が女をここから突き落とそうと思ったのかは分からない。達成感を感じたい自分が感じていた満足感というものが、自己満足でしかないと悟ったからのように思えて仕方がない。権力や地位がすべての時代だった頃に感じたジレンマが、その時の私を苛んでいたに違いない。
 もう一度、逸らしていた目を窓の方へと向ける。もう、まわりなど見えておらず、差し込んでくる西日の白さが晴れてくると、目の前に広がっているのは青さだけだった。
 遠くから聞こえる打ち寄せる波の音、恐る恐る覗き込めば、下に広がる青い海と、真っ青な空との分け目を必死で探しているもう一人の自分を、少し離れた私が見つめていた。
 次の瞬間、見つめていた男の姿はそこからなくなり、永遠にもう一人の自分が封印されたことを感じたのだ……。

                (  完  )







作品名:短編集26(過去作品) 作家名:森本晃次