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ショートショート集 『一粒のショコラ』

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ー2ー 逆転の発想


 人生では、損な役回りになったり、嫌な場面に遭遇することが多々ある。そんな時は、その状況に追い込んだ相手を恨んだり、自分の身に起こった不運に抗うのではなく、むしろ、進んで受け入れてしまうことだ。これ以上悪くならない状況になってしまえば、何も恐れることはなくなる。
 泥沼に足を取られた時に下手にもがけば、さらに深みにはまる。じっとしていれば、助けを待つ時間が稼げるのだ。
 また、誰もが嫌がる役を押し付けられる破目になっても、それから逃げられない状況であれば、笑顔でこなすしかない。見ている人は見ているもので、高評価を得られる可能性だってあるのだから。
 これだけ、ポジティブシンキングを自らに叩き込んで、私は強盗に刃物を突きつけられながらも必死に耐えていた。
 
 
 それは二時間ほど前の出来事だった。
 私は、銀行に満期の手続きにやって来た。ロビーで待っていると、突然、黒づくめの男が入ってきて、近くにいた老女を捕まえ、行員に金を要求した。その老女は杖をつき、立っているのも辛そうだ。今にも倒れそうな人質では役に立たないと察した犯人は、代わりの人質を要求した。
「おい、早く誰か来い!」
 犯人の指示でシャッターは閉められ、行員と客が一か所に集められたその中で、誰もが下を向いている。とうとう老女はふらつき出し、犯人の苛立ちも頂点に達しているのが誰の目にもわかった。
 その時だった、私は一歩前に出た。
 決して私に勇気があったわけではない。いやそれどころか、この場にいる誰よりも私は臆病者に違いない。ただ、目の前でおばあさんが倒れる姿を見たくなかったのだ。そして、みんなでこの嫌な役を押し付け合うのはもっと嫌だったからだ。それに、弱虫な私はこの中にいるだけで十分怖い。片隅にいようが、犯人の隣にいようがたいして違いはない。
「よし、お前、早く来い、このばあさんはそっちへやるから」
 
 行員に金を用意させたのはいいが、店の周囲を取り囲まれ、警察側との攻防で二時間が経過した。
 私は強盗の人質として光る刃物を突き付けられながらも、おとなしくじっとしていた。
(泥沼でもがいても、意味はないのだから……)
 反対に、刃物を突き付けている犯人は額から大粒の汗を流し、息も荒くなっていた。たまらず、その男が私に聞いた。
「あんた、なんで、さっきからそんなに落ち着いているんだ?」
 私は、男の目を見て静かに答えた。
「あなたは、そんなに悪い人だと思えないから」
(自分を苦境に追い込んだ相手を憎んでも、いい方向には進まないのだから……)
 私がそう答えると犯人は刃物を投げ捨て、その場にへたり込んだ。緊張と疲労がピークだったのだろう。その機を狙い、隠れていた捜査員が一斉に男に飛びかかり、犯人を取り押さえた。あっいう間の出来事だった。そして、私も安堵感からその場に倒れてしまった。
 
 
 病院のベッドで私が目覚めたのは翌日だった。看護士から、私の武勇伝が載った新聞を見せられた。それから、病室にふたりの刑事がやってきていろいろ事情を聞き、最後にこう言って帰って行った。
「おばあさんはあなたにとても感謝していました。犯人の男も、あなたのおかげで罪を重ねなくて済んだと言っています。後日、あなたには警察から感謝状が贈られます」
 次に病室を訪れたのは担当医師だった。特に問題はないので、気分が悪くなければ帰っていいと言われた。私が帰り支度を始めると、そのイケメンの若い医師は言った。
「僕は夜勤明けでこれから帰ります。よかったら送らせてください」
(見ている人は見ているもの……)
 こうして、私はピンチをチャンスに変えた。