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ショートショート集 『一粒のショコラ』

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ー1ー 走る男


 走り出したのはいつの頃からだろう? とにかく俺はずっと走ってきた。

 俺には兄と弟がいた。兄は子どもの頃から優秀で、現役で国立大学に入り親を喜ばせた。弟は水泳の才能があり、国体にまで出たのが親の自慢だった。そんな兄弟に挟まれた俺には、これといった特技も才能もない。そんな俺に両親は、元気であれば何よりの親孝行だと励ましてくれたが、正直、惨めだった。
 そんな劣等感から抜け出すために、俺は走ることを始めた。才能も技術もいらない、意志さえあればなんとかなると思ったからだ。暑い夏も寒い冬も、雨が降っても、強風で吹き飛ばされそうな日でも、毎日毎日俺は走り続けた。
 しかし、高校でも大学でも、陸上部に籍を置いたものの選手に選ばれることはなかった。それでも、ひとつのことを続けることは偉い、継続は力なりだ、と両親は褒めてくれた。俺はますます惨めになった。
 でも親の言う通り、ひとつのことを続けることにはきっと意味がある、そう信じて俺は走り続けた。

 ある日、いつものように早朝の町を走っていると、ひとりの女性が道端にうずくまっていた。その苦しそうな様子に、立ち止まって声をかけ、救急車を呼んだ。ただの通りがかりで名前すら知らなかったが、俺は成り行きで救急車に同乗し、病院に家族が駆けつけるまでその女性に付き添った。おかげで仕事に遅刻し、上司に大目玉をくらったが、それが今の妻との出会いだった。
 走り続けてきた意味、それはまさしく、この妻との出会いに他ならない。気立てのよい自慢の妻を得て、ようやく俺の長年の劣等感は消え去った。

 やがて、両親が年老いて体が利かなくなり、ふたりだけの暮らしが難しくなった。すると、兄夫婦は自分たちの家庭の事情を優先して、金だけは送ると言ってきた。また、弟夫婦は海外生活が長く、帰国するつもりなどなさそうだった。
 妻はそんな兄弟たちの反応を知る前から、自分が世話をするつもりでいたようだった。普段から足しげく両親の元に通っていたが、とうとう一緒に暮らそうと言い出した。そして、献身的な介護の末、両親を看取ってくれた。
 父は亡くなる間際に俺に言った。お前の嫁さんは日本一だ、そんな嫁さんを見つけたお前を誇りに思う、と。そして母は亡くなる時に、顔を揃えた兄弟たちの前で、妻の手だけを握りしめて旅立った。

 俺は今も変わらず走り続けている。妻に巡りあわせてくれた幸運に、感謝の思いをこめて。