ショートショート集 『一粒のショコラ』
ー3ー アンケート
ある晩のことだった。ベッドに入ると、メールの着信音が鳴った。俺は起き上がり、横の机の上に置いてあるスマホに手を伸ばした。
『アンケートのお願い』
(何だよ、こんな時間に)
無視してスマホを切りかけた俺の手が止まった。発信元が目に入ったからだ。
地球評議会 (銀河系支部 太陽系人類係 日本地区担当)
(何だこれ? 新手の詐欺か? それとも、めちゃくちゃ暇な奴の悪ふざけか?)
興味を引かれた俺は、読むだけ読んでみることにした。
* * * * * * * *
突然、失礼します。
我々は、地球の現状を危惧し、問題点を打破すべく、力を注ぐ決意を持ってこの評議会を立ち上げました。
つきましては、当の地球にお住いのみなさんの意見に広く耳を傾けようと、質問をさせていただくことにいたしました。ご協力のほどよろしくお願いいたします。とても重要な結果につながりますので、よく考えてお答えください。
〈質問〉
今、水の惑星地球は、瀕死の状態にあります。これは、惑星そのものの寿命ではなく、何らかの要因が存在しているからだと思われます。
この地球から、何がなくなれば地球は救われると思いますか?
* * * * * * * *
眠い目をこすりながら、俺は考えた。そして、いたずらにしてはおもしろい内容だと思い、答えることにした。
(戦争かな? いや、ずばり核兵器と答えるべきか? それとも……)
あれこれ考えた結果、俺はこう答えた。
〈回答〉
戦争、過剰な欲
平和が訪れれば、各国が協力して環境問題に取り組むだろうし、今以上の生活の向上を求めれば、自然を失うばかりか本来の人の暮らしというものがなくなってしまうと考えたからだ。個人的にこの世界からなくなってほしいものは病気だが、地球のためという定義にはそぐわないだろう。
自分なりにいい答えだと納得して、俺はいつものように眠りについた。
それから一年後のある朝、目覚めると同時にメールの着信音が鳴った。起き上がり確認してみると、
『アンケートの結果』
というタイトルだった。
俺は、すっかり忘れていた一年前のメールを思い出した。
(ずいぶんと時間をかけたいたずらだな)
俺は苦笑しながら、本文に目を向けた。
* * * * * * * *
昨年は、アンケートにお答えいただきありがとうございました。
このほど、集計がまとまりましたのでご報告いたします。
人類係への返答は、その多くがふざけたものばかりで、とても地球を愛しているという気持ちは見受けられませんでした。
それに引き替え、その他の動物係、昆虫係、植物係への答えは、とても切実、かつ統率されたものでした。
人間は地球を自分たちのものだと勝手に思い込み、より便利な暮らしを手に入れるためには手段を選ばず、そればかりか人間同士による無意味な争いによって取り返しのつかない環境破壊が行われているとのこと。多くの生物がその被害を被り、今後を心配するという訴えが多く寄せられました。
説明が遅れましたが、あらゆる生物にそれぞれの方法でコンタクトをとりアンケートを募りました。集計に長い時間を要したのはそのためです。
この結果を踏まえ、銀河系地球評議会として出した結論は……
―― 地球からなくすもの、それは人類 ――
という結論に、全会一致で決まりました。
* * * * * * * *
(嘘だろ! 悪い冗談はやめろ!!)
俺は、スマホを握りしめ外へ飛び出した。すると、道路には俺と同じようにスマホを持った人たちが、次々と飛び出してきていた。
そして、目の前の人がひとり、またひとりと、まるで画面から姿を消すように消えていくではないか! そして、彼らのスマホだけが道端に転がっていった。
近くにいた人が消え、次は俺だ! と思った瞬間に俺は目が覚めた。
(ああ、夢だったんだ……)
そう気づいても、俺の心臓の激しい鼓動はしばらく収まらなかった。あまりにリアルすぎる夢であったこと、そして、一年前にアンケートに答えたという事実があったからだ。もしかしたら、明日にでもあのアンケート結果のメールが届くかもしれない……
そんな不安におびえる俺だったが、その結論に異議を唱えることができるだろうか? という思いがよぎる。
俺は上から目線であの質問に答えた。人類こそがこの地球の所有者であるかのように。
地球を脅かす存在、確かにそれは……
言葉を持たない生物たちの声なき声が聞こえてくるような気がした。
作品名:ショートショート集 『一粒のショコラ』 作家名:鏡湖