ショートショート集 『一粒のショコラ』
ー4ー 雨の日曜日
雨の音にかき消されるように、携帯の呼び出し音が鳴っている。だが、私は出ない。今日、朝から何度も鳴っているが、誰からかはわかっていた。
昨夜の電話で、私は彼とケンカした。今日は楽しみにしていたデートの日だったが、まさかそれが取りやめになるほど尾を引くことになろうとは、最初のうちは思いもしなかった。きっかけはほんの些細なことだったが、互いに引けなくなり、そのまま電話を切ってしまった。
こんな日曜日、うんと雨が降ればいい、そう思った。でも、天気が良ければディズニーランド、雨が降ったら水族館、と予定はしっかり組んであった。こんなことなら、ケンカになった時のことも考えておくべきだった。
その時、階下から母の呼ぶ声がした。降りていくと、そこには母と見知らぬ少年がいた。
そして母は、その子の面倒を見るようにとだけ言うと、すぐにどこかへ出かけて行った。詳しい話はあとで電話でと言われ、私はわけもわからぬまま、その小学校低学年くらいの少年と一日過ごすことになった。
デートが流れた上に、子守りだなんて最悪の日曜だ。明日、学校へ行ったら、友だちにう〜んと愚痴ってやろう。
とりあえず、テレビを見させておくことにした。だが、すぐに飽きて、その子が話しかけてきた。
「お姉さん、高校生だって聞いたけど、日曜なのに家で何してるの?」
(君の面倒を見ているのよ)
「今日は雨だからたまには家でのんびり過ごそうと思って」
「そうか、デートする相手もいないのか」
(いるわよ、ただ、今日はちょっと……)
話題を変えよう。
「お腹すかない? コンビニにお昼でも買いに行こうか?」
「ついでに、ビデオを借りてきたいな。今、面白いテレビやってないから」
(後で、お母さんから経費+子守り料をたんまりもらわなくちゃ)
外から戻ると、その子はコンビニ弁当とアイスを食べ、一緒に買ってきたマンガを読みだした。
「お姉さん、さっきから電話が何度も鳴っているけど出なくていいの?」
「うん、お母さんじゃないから」
「おばさん、後で電話するって言ってたもんね。でも、じゃあ、誰からかかって来てるの?」
話題を変えよう。
「借りてきたビデオは観ないの?」
「そうだね、そろそろ映画でも観ようかな」
(映画? ドラえもんを選ぶあたり、生意気だけどやっぱり子どもね)
夕方になり、母がやっと帰ってきた。少年の母も一緒だった。その母親は何度も私に礼を言い、少年を連れて家を出た。
そして、それを見送る私の目に驚く光景が飛び込んできた。ふたりの後姿とすれ違いにやってくる彼の姿が!
(え! 何で?)
その時、少年は振り返って叫んだ。
「お姉さ〜ん、仲良くしなくちゃだめだよ! じゃあね〜」
手を振って去って行く少年を、私は呆然と見送った。
家に入って、私は彼と母にそれぞれ事情を聞いた。
彼は、私がメールで謝ってきたからやってきたと言う。朝からずっと電話に出てもらえず、やっとメールの返事が来た時はとてもうれしかったと。
(えっ??)
そう言えば今日、宅配が二度やってきた。あの間にあの子は彼からのメールを読み、私に代わって返信していたのだ、と気づいた。恐るべき小学生だ。
そして、母の話を聞いた私は愕然とした。今日、あの子を預かった理由は、あの子の両親の離婚の話し合いのためだったという。その結果、あの子は母親に引き取られ、母親の実家へと行くことになったらしい。
(仲良くしなくちゃだめだよ……)
あの言葉は、これまで親の不仲に心を痛めてきたあの子の思いから出た言葉だったに違いない。
知人の子を預かった後、神奈川の叔母が倒れたという連絡が入り、慌ててそちらへ向かった、と母は付け加えた。
「今日は本当に助かったわ。お小遣いはずむからね」
「いらないわ。ただ、夕飯は彼と食べてくる、いいでしょ?」
雨も上がり虹がかかる空を見上げ、夕暮れの歩道を彼とふたり、肩を並べて歩いた。
(生意気くん、ありがとう!)
作品名:ショートショート集 『一粒のショコラ』 作家名:鏡湖