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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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knuckleheads

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 当日の昼間まで、中々眠れなかった。爪を切って、短い刈り上げ頭をバリカンでまっさらにすると、余計に目が冴えた。時間通り、顔面に痣のできた筒元がエルグランドに乗って、待ち合わせ場所のコインパーキングに現れた。リアハッチを開けると、ちゃんと梯子が用意されていた。約四メートルまで伸びるタイプ。
「梯子サンキューな。ええ車やん」
 筒元は頭が痛むようで、宙を見上げながら顔をしかめた。
「めっちゃ痛いわ」
「どないしてん」
「医者が雇ったんかな、おもっくそしばきに来よった」
「どうするん? やり返すん?」
「いや、ちょっと小休止。ほな」
 筒元は電車の時刻表を携帯電話で確認しながら、足早に立ち去った。それがいい。お前はむしろ、何も見ずにやり過ごすべきだ。
 おれはカローラGTのトランクを開けて、毛布にくるんだ散弾銃をエルグランドに移した。次の待ち合わせ場所は、サンボの事務所。
 坊主頭の和泉くんが、キャップを目深にかぶりなおした。
「めっちゃスースーする。前野!」
 前野が慌ててペットボトルを差し出し、和泉くんは紅茶をひと口飲むと、長いため息をついた。
「髪の毛って一日何ミリ伸びるん?」
 須美ちゃんが首をかしげた。
「月に十ミリくらいちゃうの?」
 元の髪型に戻るまでの日数を逆算して、和泉くんはうなだれた。
「ほんまないわ~」
 おれは前野に言った。
「車の確認せんでええんか?」
 前野がエルグランドのドアを全部開いて屈みこむのを見て、須美ちゃんが笑った。
「真面目か。なんであいつ入れたん?」
「よしみ」
「誰?」
「人ちゃうわ。昔のよしみや」
 おれはこの間抜けなやり取りも今日で最後になるということを、強く意識した。サンボが二階の事務所から顔を出して、言った。
「ぼちぼち行け」
 前野が運転席に座り、おれは助手席に乗った。中山は、白河一家とイタリアンを楽しんでいる。少なくとも今から二時間は、家はもぬけの殻だ。
 白河家までは三十分程度。狭い行動範囲の中で、顔見知りを狙う。前野が前のめりでハンドルを握るのを、後ろに座る須美ちゃんと和泉くんが茶化す。
「教習所かいな。もっと飛ばせや」
 和泉くんはそう言いながら、それでもルームランプを点けて本を読んでいた。
「それ、何回目なん?」
 須美ちゃんが言うと、和泉くんは笑った。
「分からん。てか、お前の犬の名前は、この本から取ってん」
「どこに出てくるん?」
「ここ、町の名前」
 和泉くんが須美ちゃんに本を差し出すのを見ながら、おれは前野に言った。
「手に負えんようになったら、おれの名前出せよ」
「はい」
 前野は運転に集中していながらも、冷や汗をだらだら流していた。
 電気の落ちた白河家。真っ暗で、警備会社の取り付けたカメラだけが、小さな赤いランプを灯している。それを避けるように裏山の方へと回って、前野はエルグランドを停めた。おれは地下足袋を数枚重ねて履き、須美ちゃんと和泉くんも転がりそうになりながら何とか履きかえた。
「ほな、あとは頼むで」
 おれは助手席から降りた。梯子と散弾銃を下ろしてリアハッチを閉めると、車の前に回った。須美ちゃんと和泉くんは出てこない。いや、出られない。
「は? 開けへんねんけど」
 須美ちゃんが言い、和泉くんがドアノブを内側から力いっぱい引っ張った。前野がチャイルドロックをかけたから、内側からは開かない。和泉くんが叫んだ。
「前野! 開けろ!」
「すんません! ベルトしてください!」
 前野はエルグランドを急激な勢いでバックさせてUターンさせると、怒り狂う二人を乗せたまま、タイヤを鳴らしながら走り去った。
 前野の段取り。おれを残して、現場から須美ちゃんと和泉くんを遠ざけること。
 おれは裏山に登ると、梯子を渡してベランダに渡った。ガラスを割って、寝室から中へ。足跡は残っても、分かるのはサイズぐらい。真っ暗な階段を下りて一階へたどり着き、金庫を見つけた。どこにも持っていくつもりはないが、現物を確認しないと、話にならない。
 おれは、筒元の親父に電話をかけた。
「金庫の話は、どこまで噛んでます? あの図面、出元はあんたんとこですよね?」
 無言。おれは続けた。
「家には無事入ってんけど、やばい奴がおってね。仲間がバックれたから、おれしかいてないんすよ」
「仲間って、誰や? あの犬飼っとる奴か?」
「とか、まあその辺。とりあえず金庫の前には来たけど、一人やとよう運ばんので、はよ誰か寄越されへんすかね?」
「そのやばい奴ってのは、どんな奴やねん」
 おれは表情だけで笑った。小声で呟く。
「散弾銃持って、家の守りしてますわ。まだバレてません。とりあえず、玄関開けときます」
 電話を切ると、おれは家の中を見て回った。冷蔵庫のところに、警報装置の暗証番号を書いたメモがあった。おれは警報を切って、玄関のドアを開けた。お膳立ては揃った。筒元の親父はやってくるだろう。もしかしたら何人か連れてくるかもしれない。そいつらは、残念ながら運がなかったってことになる。
 三十分が経った辺りで、車のエンジン音が聞こえた。おそらくは、二台分。おれは暗闇の中で、散弾銃の撃鉄を二本とも起こして、玄関に向けて真っ直ぐ構えた。逆光になったシルエットが玄関を遮る。
 人数を数える。二人。顔見知りによる、顔見知りのための、狭い世界での殺し。
 おれは引き金を二本とも絞った。部屋の中が、フラッシュを焚いたみたいにオレンジ色に光った。


 銃を撃った感触は、あの日から一ヶ月が経った今も、まだ手に残っている。おれはアパートを引き払った。サンボの事務所に荷物を移して、車庫代わりのスペースにカローラGTを停めている。須美ちゃんは町を出た。和泉くんは来週から工場で働くとのこと。前野は、Uターンした時点でおれの名前を吐いたらしい。二人から一発ずつ拳骨を喰らっただけで済んだと、電話で言っていた。以降どうなったのかは、知らない。中山は、相変わらず白河のSNSに歯の浮くようなコメントを残している。保険で裏山に面した塀が少し高くなったらしい。何も盗まれることなく終わった、空き巣未遂事件。
 引っ越したことを伝えると、めぐみは残念がった。期末テストの結果は納得の行くものだったらしく、二週間ぐらいが経ったころに電話がかかってきて、めぐみは前置きもなしにいきなり話し始めた。
『だいぶ上がってんで。お父さんびっくりしとった。初めて褒めてもらったわ』
 その言葉を聞いたとき、おれの直感は正しかったと思った。全員が平等に悪い。だから、誰の言葉も捨てられない。あのとき、玄関をくぐった二人。筒元の親父に続いて、サンボが入ってきた。おれは二発ともサンボに撃った。サンボが真後ろにぶっ倒れて、筒元の親父は尻餅をついて転げながら逃げ出していった。めぐみに、おれと同じ思いはさせるわけにはいかない。
 筒元の親父は結局、誰から撃たれたかは分からなかったらしく、後からおれに電話がかかってきた。『お前、無事か?』。白々しい台詞はできるだけ短く、『ええ、なんとか』。
作品名:knuckleheads 作家名:オオサカタロウ