knuckleheads
筒元が家に入っていき、おれはコンビニの前でめぐみを拾った。駐車場に停めたままでいると、真っ白に光る蛍光灯に照らされながら、めぐみは言った。
「どうしたん?」
「お前、自分の親のことはどう思っとる?」
「えー、何それ」
「好きでも、嫌いでも、なんかあるやろ」
「あかん親やと思う。でも、わたしも兄ちゃんもあかんから、人のことは言われへんけど」
おれは筒元家の前でめぐみを下ろして、中山に電話をかけた。
ダッシュで来たらしく、待ち合わせ場所に停まっているマジェスタのバンパーには、削れた痕があった。おれは、煙草を光の速さでもみ消して頭を下げた中山に言った。
「こんばんは。急にすまんな」
「いえ、大丈夫っす。あ、食べます?」
中山が差し出したスナック菓子を丁重に断り、おれは言った。
「電話取れるようにしといて、言うてたやろ。その件」
中山が黙ったまま、おれの言葉の続きを待った。おれ自身、続きがどうあるべきなのか自分で分かっていない。
「散弾銃とか、用意できる?」
「……はい?」
「猟で使うようなやつや」
「はい、できると思います。コレクションっすか?」
「いいや。弾も要る」
「それはヤバイっすよ」
中山はへらへらと笑ったが、ツテはあるんだろう。おそらく頭の中では、段取りを始めている。
「何発か撃ったら返すわ」
「ははは、そんなレンタカーみたいな」
中山は愛想笑いで応じたが、おれが黙っていると、唾を飲み込んで続けた。
「鹿狩りやってる知り合いいてるんで、ちょっと話つけてみます」
「さすがやな。よろしく」
おれはそう言って、カローラGTの運転席に座った。マジェスタが砂利を散らしながら走り去った後も、しばらくそこにいた。明るい場所と暗い場所を行き来するだけの、狭い世界。その間の薄暗い道路。いつも移動中のおれ。
おそらくサンボは、伯父さんがおれに残した金を握っている。
誰の言っていたことも、間違いじゃない。自分の弟を殺した伯父さんですら。全員が平等に悪い。だから、誰の言葉も捨てられない。
『金にがめつい人間になるな』。その通りだ。
『絶対に、見たらあかんよ』。その通りにできたらよかったけど、無理だった。
白河家を空けるところまでは、計画通りに。須美ちゃんと和泉くんも居合わせることになるだろう。前野も来る。その場に居合わせた全員を殺すところから始める。それが終わったら事務所に戻って、最後にサンボを殺す。
おれのことを知っている人間はまとめて、全員消してしまいたい。
家に帰ってからも、ずっとそのことを考えていた。夜中にサンボからメールが来ていた。
『タイミングは任せるから、段取りしといて』
そして、めぐみから電話がかかってきた。
「こんばんは」
「こんばんは。急にかしこまってどないしたん?」
「大丈夫?」
「なにが?」
おれは携帯電話を耳に当てたまま、出しっぱなしになっていたカップラーメンの蓋を開けた。
「なんか、分かるもん」
「そうか。大丈夫やありがと」
「お父さん、階段から落ちてん」
「そうなん?」
いかにも筒元の親父の言い訳らしい。おれがとぼけていると、めぐみは笑った。
「なんか、俺が死んだら~とか、めっちゃ大げさやから笑ってもた」
「はは、いっぺん階段から落ちてみ。あれ結構ビビるから。人生観変わってもしゃなあいかもな」
「落ちたことあるん?」
「あるよ」
ついさっき、まさに。
おれは、めぐみが本題に入るのを待った。こんな時間に電話をかけてきたんだから、何かあるだろう。
「なあ、また兄ちゃんの手伝いせなあかんねん」
「いつ?」
「近日中」
「変な言い方やな」
「手伝いしたあとでも、また、話聞いてくれる?」
おれは眉間を押さえながらうなずいた。頭が痛い。
「せやな。なんぼでも。こないだ医者と会ったゆうてたやん。写真見せてや」
「うん、送る」
通話が終わってからしばらくして、写真が届いた。めぐみの自撮りで、後ろに微妙な笑顔の医者が写っている。
「全然似てへんやんけ」
おれは冬物のフードつきコートを引っ張り出すと、埃を払った。サングラスと花粉症対策のマスクをポケットに突っ込み、洗濯機から垂れ下がった靴下を拾い上げて、中に小銭を詰めた。カローラGTで繁華街まで出向いて、最近再開発された飲み屋街を歩く。この辺の人間は、だいたい夜になるとこの界隈に集まる。
外に置かれたテーブルを囲んで三人の仲間と談笑している姿が見えて、おれはマスクを巻いてフードをかぶった。サングラスをかけると、視界が少し暗くなって力が篭った。小銭の詰まった靴下を振りかぶると、目が合った。不肖の兄。おれは筒元の頭を力任せに殴った。甲高い音が鳴って、二発目でようやく気づいたように、筒元は椅子から転げ落ちた。仲間が全員逃げていき、椅子が路地に転がった。同時に店主が店の中に引っ込んだ。時間がない。それでも、仰向けに倒れた筒元の鳩尾を殴った。庇おうとした手も、わき腹も、全身に満遍なく打ち下ろした。おれが誰か分かっていない様子で、筒元は横倒しのまま震えた。
おれは筒元の顔面に携帯電話を突きつけて、めぐみと医者が写る写真を見せた。
筒元は何度も小刻みにうなずいた。何も言わなくても、これだけで伝わっただろう。現場から早足で立ち去って、おれはカローラGTに乗り込んだ。ずっと前にやっておくべきだった。
次の日、めぐみから仕事が中止になったと電話があった。夕方になって、中山からメールが届いた。
『ブツ入りました』
なんとなく、頭の中に描いていた犯人との対決が、ようやく具体化したように感じた。マジェスタのトランクを開けた中山は、紙袋をずらせた。水平二連の散弾銃。
「引き金二本あるんで。右と左と、一本ずつ」
「親切にどうも」
おれは紙袋をどけて、長い筒のような散弾銃を持ち上げた。
「弾は?」
中山は紙箱を差し出した。おれはカローラGTのトランクに散弾銃を移すと、言った。
「もう一個、お願いごと」
「はい、何でしょう」
「白河んとこの家族を、メシでも何でもええから家から連れ出せる?」
「は、マジですか? ど、どこに?」
「ちゃうで。単に連れ出せゆうてるだけや」
「あー、察しました」
「あんま察したら殺すぞ」
「すんません」
中山は携帯電話で店を適当に選んで、言った。
「明後日とか、いけると思います。明日連絡でいいすか」
おれはうなずいて、カローラGTに乗りこんだ。散弾銃を家に持って上がり、薬室に散弾を二発放り込んで閉じた。撃鉄も引き金も二本。銃身が長すぎるから切ることも考えたが、レンタルだということを思い出して、諦めた。
めぐみは、来週から期末テスト。おれのカレンダーに印をつけていったから、嫌でも目に入る。
おれは、今週末に決着をつける。中山からの連絡。『明後日の夜、ちょっといい店取ったゆうことで、オッケー出ました』
準備はほぼ整った。おれは前野に電話をかけた。
「今から段取り言うから、一回で覚えて」
作品名:knuckleheads 作家名:オオサカタロウ