knuckleheads
めぐみは思いのほか真面目に、国語の問題集に目を走らせていた。おれは『仕事』に戻った。ふと気になった。この間取りの出所はどこなんだろうと。図面ではないが、そこから起こしたように見える。随分と詳細で、対角線を消したような痕もある。変な持ち方でシャーペンを握るめぐみを見ながら、考えた。筒元の親父が一枚噛んでいるのだろうか。この手の図面を持っているとしたら、不動産屋だ。サンボの交友範囲を考えると、辿った先に筒元の親父がいても不思議じゃない。あの三人家族も引っかかる。おれは白河隆之の名前を検索した。SNS上の友人を辿ると、ひとつだけひっかかる名前を見つけた。中山龍一。こいつはサンボの舎弟だった。白河がやっている事業について、歯の浮くような褒め殺しのコメントを残している。食い扶持にありつこうとしているなら、それは涙ぐましい努力だ。でも、こいつの名前は、違う意味で悪名高い。中山は、族時代に人を殺している。過失致死になったが、あれは殺しだったと後になってから吹いて回っている。SNS上に残る写真を見ている限り、六本の銀歯が光るその顔は反省など一切していなさそうに見える。それにしても。やる方もやられる方も、顔見知りばかりだ。でも、中山は使える。あいつはサンボに頭が上がらない。人を殺しても、その辺の上下関係は同じだ。そして、サンボの代理であいつの前歯を折ったのはおれだから、年下のおれも同じぐらい怖がられている。
おれはベッドの上にごろりと横になって、めぐみに言った。
「気済んだら帰りや。鍵ポストに入れといてな」
「寝るん?」
「何時間起きてるおもてんねん。おやすみ」
目を閉じると、親父の足元で揺れる紙箱が頭に浮かんだ。風に吹かれながら、警告のように忙しなく鳴る、カタカタという音。車の下から伸びる親父の両足。何かを話そうとしたけど、結局親父の言葉を預かることはできなかった。
起きてから、夢は見なかったことに気づいた。
四時間しか経っていなかったが、めぐみの姿もなく、鍵はちゃんと外からポストに放り込まれていた。若干しゃっきりした頭で、天気予報を見る。向こう十日間は晴れ。梅雨のはずなのに、サンボはことごとくタイミングが悪い。おれは封筒に資料を仕舞いこみ、棚に置いた。倒れていたブックエンドが立てられていて、隣にめぐみの買った問題集と漫画が並んでいた。
「あいつ、置いて帰っとるがな」
思わず独りごとが出た。また来るつもりか? おれはサンボに電話をかけた。
「十日間は晴れです」
「気い利くな。まあちょいちょい見といて」
サンボは短く答えて、電話を切った。最近の天気予報は正確だ。おれはゲーセンに出かけて、族時代に中山とコンビだった前野を見つけた。おれが中山の前歯を折ったときも、現場にいた。前野は椅子から飛び降りて逃げようとしたが、他の客にぶつかって転び、観念したように首を横に振った。
「お久しぶりっす、すんません!」
おれは格闘ゲームの椅子を指差した。
「びびりすぎやろ、座れ」
体の動かし方を忘れたような前野を椅子に座らせて、おれは言った。
「最近、中山ってどないしてんの」
「全然連絡なしっす。パクられてからはほんまに」
「そっか、ケータイ出せ」
前野が差し出した携帯電話の番号を控えて、おれは言った。
「ちょっと、電話出れるようにしといて。内緒な」
中山と前野。この二人をこっち側に持ってこれたら、仕事ははるかに楽になる。ちょくちょく気になるのは、おれの両親を殺した強盗も、こうやって準備をしたのかということ。
一日目。予報どおり晴れ。昼過ぎになって、めぐみから連絡が来た。『学校帰りに寄る』
中山の所在は分からず。SNS上も、最後の褒め殺しコメント以降は動きなし。『いよいよ夢がかないますね』。あの中山の間抜け面から、こんな言葉が出るとは。この辺はサンボも情報収集をしているだろうから、それを見て笑っているのかもしれない。十六時を過ぎたころに、予告通りめぐみがやってきた。問題集に取り組んでいる姿を見ると、それで期末テストの点数が回復するなら、しょうがないかとも思えてくる。結局、おれの棚に問題集と漫画を置いたまま帰っていった。
二日目。予報どおり晴れ。起きたばかりでぼうっとしていると、前野から電話がかかってきた。
「お前、おれの連れやっけ?」
おれが言うと、前野は慌てて訂正した。
「いえ、違います! あ、いや、そういう意味やなくて……」
「なんかあったんかいな」
おれが先を促すと、前野は息を整えて、言った。
「中山くん、セメント工場みたいなとこによく出入りしてるって、後輩に聞いたんです。白のマジェスタ転がしてるらしいです」
前野はナンバープレートの番号をおれに伝えた。
「やるやん。おれの話はしてないな?」
「も、もちろん!」
「サンキュー。電話取れるようにしといてや」
おれは電話を切って、通販サイトで金庫を運べそうな台車を物色した。昼過ぎになって、めぐみから『学校帰りに寄る』と連絡が入った。予告通りに、十六時になったあたりで、めぐみが家にやってきた。問題集にしばらく取り掛かったあと、おれに言った。
「分からんかったら、聞いてもいいん?」
「あかん」
「えー、厳しすぎ信じられへん」
「どんなん?」
おれはしばらく問題集に付き合って、中山と前野を使う方法を考えた。中山は、『お祝い』という名目で、高い店に白河家を連れ出す。ここは時間をかけた方がいい。いきなり『お祝いです店取りました来てください』じゃあ、怪しまれる。その辺の段取りはサンボに話を通しておく必要がある。
三日目。予報が少し外れて、どんよりした曇り。サンボに一度連絡を入れる。前野の話をすると、一瞬怪しんだあと、思い出したように言った。
「中山のケツ持ってた奴か。ええんちゃう。ただ、取り分はないぞ。その辺はお前よう教育せえよ」
あっさりとOKが出て、おれは計画に前野を加えた。少しずつ、形になってきた。
現場に髪の毛が落ちたらまずいから、和泉くんと前野は丸坊主にしてもらう。すでにファッション坊主の須美ちゃんはそのまま。そして、靴の代わりに地下足袋。三人いるなら、台車は必要ない。塀からベランダに飛び移るのは、ベランダに脚立か伸縮型の梯子を渡して、一人ずつ。持って帰れない可能性もあるから、新しく買わずに、工事現場から拝借する。ヅカの近くのマンション建設現場が良さそうだ。これは筒元の役目。おれは筒元にメールを送った。誰の血も流れない。白河家は全員出払っているから、防犯アラームさえ鳴らさなければ、窓を割っても構わない。昼前にサンボにもう一度連絡を入れて、計画を伝えた。
「雨関係なしにいけるな。中山を押さえろ」
サンボのゴーサインが出たのはよかったが、十六時になると、事前連絡もすっ飛ばして決まりごとのようにめぐみがやってきた。勉強は気分じゃないようで、問題集はそっちのけで漫画を読んでいた。
「今日はやらんの?」
「うん。あとでやる」
「なんやねん、あとでって。夜までいてるつもりか」
「家な、またお客さん来てんねん」
作品名:knuckleheads 作家名:オオサカタロウ