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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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knuckleheads

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 二十四時間以上起きていなければならないのは、これで確定した。おれは携帯電話を助手席に放ると、サンボに事務所に向けて車を走らせた。事務所というのは形だけで、実際にはスピードショップの二階部分を改装して、事務所代わりに使っている。経営の実態はなく、下の整備工場はただの車庫になっている。須美ちゃんのインフィニティと和泉くんのVマックスがすでに停まっていて、須美ちゃんのレトリバーは工場の中で涼んでいた。
 まだ初夏なのにランニングにジーンズ姿の須美ちゃんは、ペットボトルの麦茶をがぶ飲みしながら扇風機の前から動かない。仲間内で金髪が定着した和泉くんは、ガムを噛みながら本を読んでいる。二人ともおれに気づくと、小さく頭を下げた。同い年だが、サンボと働いていた年数が一番長いおれは、どこか気を遣われている。
「眠たいわ。ボスは?」
 おれが言うと、須美ちゃんが頭上を指差した。
「準備でけたら呼ぶて」
「筒元は? 一緒ちゃうの?」
 和泉くんがおれに訊いた。確かに筒元の姿はない。おれは首を横に振った。
「朝まではおってんけどな。家に帰ってからは知らんわ」
 須美ちゃんが扇風機に覆いかぶさりながら言った。
「白河家って、良くん知っとる?」
「知らん。誰?」
「大金持ち」
 二人が同時に言い、事務所の窓ががらりと開いた。サンボが手招きし、おれたちは駆け足で階段を上がった。座布団が人数分置かれていて、ジャージ姿のサンボは灰皿に折れ曲がった煙草をねじ込んだ。ごま塩頭に、不良品のビー玉みたいな目。頭がでかくて、なで肩。そして何故か腕が長い。なで肩だけは指摘するとキレるとの噂。
「ご苦労さん。座れ」
 サンボはどっかりと腰を下ろして立て膝に戻ると、写真をおれ達の前に配った。
「昔から夢があってや。プロの犯罪チームみたいなんをな、作りたいねん」
 写真に写っているのは、プロの犯罪チームに関係なさそうな、夫婦と娘の三人家族。サンボは続けた。
「ゆうたら、年に一回ヤマを踏んで、あとはその稼ぎで他人として過ごすみたいなやつや。ええカモがおらんから耐えとったんやけどな、こいつらはいけるで。お試しでこれが成功したら、本格的にやる」
 試供品に選ばれたのが、この家族。おれは写真を眺めた。旦那の方が年下で、ずいぶん日焼けしている。雑誌で見たことのあるネックレスを身につけている嫁は三十代半ば、娘は小学生低学年。おそらく再婚。
「石内、えらいじっと見よんな」
 サンボが言った。おれは首をすくめた。
「この旦那は、連れ子のいてる女と結婚したんすかね」
 サンボが感心したように目を丸く見開き、それを確認してから須美ちゃんと和泉くんが追いついた。
「お前は物分かりがええな。金をもっとるのはどっちやと思う」
「旦那でしょう。嫁が金遣い荒いんちゃいますか」
 おれはそう言って反応を待ったが、サンボは煙草に火をつけて深々と煙を吸い込んだ。自分で肺に入れた煙を難儀そうに吐き出すと、ようやく口を開いた。
「その旦那は、白河隆之ゆうてな。族上がりや。その頃から知っとる。頭のええガキやったわ。要領がええっちゅうかな。親の七光りで、今はセメント工場の社長や」
 おれはサンボが言葉を切ったのを見計らって、言った。
「筒元は、呼ばんかったんですか?」
 サンボはすぐにうなずいて、A4サイズの用紙を一枚、写真の上に重なるように置いた。
「あいつは、別の仕事をやらしてる。もちろんこの関係やけどな。これが家の図面や」
 須美ちゃんと和泉くんが覗き込んだ。随分と広い間取りだ。その隅にマーカーで囲われた赤丸がひとつ。
「そこに金庫が置いてある」
 サンボは淡々と言った。須美ちゃんがおれと和泉くんを代わる代わる見て、言った。
「三人でいけますかね」
「どやろな。石内は運転手やから、実質二人や」
 サンボはおれに役割を割り当てながら、玄関を指差した。
「警備会社が入っとるから、基本正面からはあかん。もし行くなら、家族の誰かと鉢合わせするしか方法はあらへん。ドア開けさせなあかんからな」
 それはリスクが高すぎる。おれは眠い頭を振って、何度となくうなずいた。さっきからポケットの中で携帯電話がずっと震えている。サンボはもう一枚の紙を取り出して、並べた。二階の間取り。
「ひとつは、センサーがない二階の窓や。昨日見に行ったら、夜通し開いとったわ。ただ、この部屋で嫁と子供が寝とる可能性が高い」
「起こしてもうたらバツ悪いですね」
 和泉くんが言った。須美ちゃんがその変な礼儀正しさに笑い、サンボも笑った。
「そんときは殺せ」
 須美ちゃんと和泉くんがその言葉を聞く直前の表情で固まり、おれも思わず眠気が飛んだ気がした。
「殺す……、んですか?」
 硬直の解けた和泉くんが、おれ達全員に確認するみたいにきょろきょろと顔を動かしながら言った。サンボは黙っていたが、須美ちゃんとおれの顔を交互に見て、言った。
「そうならんように、静かにいけ。決行する日は、雨の日で、夜。分かったか?」
「はい」
 おれが返事をすると、サンボはおれに住所が書かれた紙と鍵を手渡した。
「お前は運転手をやれ。全体を見通した計画を練って、おれに持ってこい。あと、今から裏の車でもういっぺん下見行ってこい」
 おれはうなずいた。筒元の役割は、何となく予測がついた。金庫を積んで運ぶ車の手配だ。三人で『裏の車』に乗り込む。最終型のセドリックで、内装はボロボロだった。
 走り出してすぐに、須美ちゃんが話し始めた。
「なんやねん、殺せて」
「冗談やろ」
 和泉くんが笑った。おれも笑った。人を殺す? 悪いことは散々やってきたが、それに慣れすぎて、逆に殺人ほど現実感のない犯罪もないように思えた。
「おもろいおっさんやな。筒元は車の手配だけでイチ抜けた、か。楽しよって」
 おれが言うと、須美ちゃんが後部座席から身を乗り出した。
「ほんまやで、あいつひいきされすぎちゃうん」
「サンボに一番殴られとんのも、あいつやけどな」
 おれはそう言いながら、真っ直ぐ走ろうとすると少しずつ左に逸れていくセドリックと格闘しつつ、さっきまで鳴っていた携帯電話のことも気になりはじめていた。信号待ちで携帯電話を開くと、何件か着信が入っていた。メッセージも一件。
『家おりづらいゆうたやんか。見つかって怒られた。なんかお客さん来るから家おんなって』
 めぐみ。おれは無意識にしかめ面をしていたらしく、和泉くんが前髪を払いのけながら言った。
「どないしたん」
「なんもないわ。てか、筒元の家も金庫あんぞ」
「あいつの家にするん? それめっちゃおもろいやん」
 須美ちゃんが後ろから会話に加わって、坊主頭を撫で付けながら言った。おれが黙ったままだったからそれで会話は終わった。
作品名:knuckleheads 作家名:オオサカタロウ