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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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knuckleheads

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 筒元が住むアパートにたどり着いたところで、駐車場に人影が見えたおれは思わず首をすくめた。筒元の車の前に座り込んでいる奴がいる。この辺の治安はすこぶる悪い。ブロック塀に長々とスプレーで吹かれた落書きはちゃんと意味があって、管理人がいたちごっこみたいに何度も消していると、その管理人の原付が盗まれて、立入り禁止の看板を立てたら、今度はその看板が管理人室に投げ込まれた。車から降りて近寄って初めて、その人影がパーカーを頭までかぶっためぐみだということに気づいた。
「おーい、朝からどないしてん」
 おれが声を掛けると、めぐみはパーカーのフードを取って、笑顔を見せた。
「家、鍵閉まっとってな。入られへんかってん」
「電話くれや。ケータイは?」
「家の中」
 めぐみは舌を出した。娘の帰りに関係なくそびえ立つ、要塞のような筒元家が頭に浮かんだ。表札は立派だが、家族はこの有様だ。めぐみは筒元のキャラバンにつかまりながら立ち上がると、大きく伸びをした。
「あーもう、疲れた~」
「そら疲れたやろ。金あんの?」
「なーい」
 めぐみはキャラバンに寄りかかって、おれの目をじっと見つめた。『仕事』でそうやって相手を見るように英才教育を受けているからだろう。おれは鼻で笑った。
「なんやねん」
 おれが言うと、めぐみは昔から変わらない笑顔を見せて、声を上げて笑った。
「なんもないし」
 筒元が追いついてきて、後ろから声を掛けた。
「めぐみかいな。外で寝てたんか? 車の鍵持たしたやろ?」
「どれが車のか分からんし」
 めぐみはジャージのポケットから鍵の束を取り出して、じゃらじゃらと振った。筒元が呆れたように言った。
「石内、マジですまんのやけど……」
 おれは無言でうなずいた。筒元は、実家に近寄るなと親父に釘を刺されている。おれもあまりいい顔はされないが、まだ後腐れがない。この時間になれば、犬の散歩があるから母親が起きる。結局、おれがめぐみを家に送っていくことになった。
 助手席にめぐみを乗せて、来た方向を戻る。筒元の家は、少し高級な家が並ぶ地域の外れに建っている。めぐみが車内の空気を大きく吸い込みながら言った。
「これ、なんの匂い? ハンバーガー?」
「そうやな。腹減ってんの?」
「うん」
 さっき寄ったばかりのドライブスルーで、ハンバーガーを買う。パーカーのフードを頭までかぶって恥ずかしそうに食べるめぐみに言った。
「なんでコソコソしてんねん」
「えー、太るから」
「今ぶわー太って、頭からフード取れへんようなったらどないすんねん」
 おれが言うと、めぐみは笑いながらハンバーガーを持った手でおれを叩いた。レタスがサイドブレーキとシートの隙間にばらばらと落ちたが、おれは運転に集中した。それでも気になるのは、又聞きで耳に入ったサンボのでかいヤマ。叩くってのは、強盗のことだ。関係ない話だが、自分の身に起きたこととつなげて考えてしまう。
 あの夜、絶対に見てはいけないと釘を刺されたあと、車がリフターから落ちる音が聞こえた。親父はそれに挟まれて死んだ。おれは言うことを聞かない子供だったから、売り物の車の下を這って、作業場に近寄ろうとした。足が四本見えた。強盗は二人組で、二人とも同じようなサイズのブーツを履いていた。
『運命の赤い紐やな』
 息を切らせたように篭った声。それを笑いながら否定するもうひとつの篭った声。
『糸やろ。お前いつも間違えよるな。てか、使い方合うてるか?』
 あの会話だけは、忘れられない。一字一句頭に残っている。直後にカランと音がして、血まみれのナイフが地面に落ちたのも。おれは母さんの言いつけどおり、何も見なかった。聞いただけだ。
 オーディオから小さく流れるオールセインツに合わせて、めぐみが鼻歌を歌う。ところどころ歌詞も真似て。洋楽でも、それとなく聞き取って、似たような発音で歌う。勉強に触れてこなかっただけで、筒元が言うように頭が悪いわけじゃない。少なくとも、おれはそう思う。
「CD貸そか?」
 おれが言うと、めぐみはパーカーのフードから顔を出して、うなずいた。
「いいん?」
「いいよ。今ケースないから、また今度な。てか、高校どうすんの?」
「どうするって、何が? 行くかってこと?」
「まあ、そういうやつ」
 おれが筒元家の少し手前で車を停めると、めぐみは家でも同じことを言われているのか、隠れるように少し肩をすくめた。
「分からん。兄ちゃんの仕事も手伝わなあかんし」
「勉強は大事やぞ」
「うん。……良くん、かしこいもんな」
「おれが? どこがよ」
「分からんけど、前にカラオケ行ったんが医者の人やってな。良くんを思い出してん」
 最新のカモ。確か外科医だったはずだ。サンボはべらぼうな額をふっかけたりはしない。痛めつけることが目的じゃないからだ。おれとしては、指ぐらいなら数本折ってやってもいいと思う。
「似てた?」
「で、なんなんみたいな感じにならんっていうか。わたしらが行ったとき店いっぱいやってんやんか」
 めぐみは目が重くてしょうがない感じで、ゆっくり瞬きしながら言った。
「そうかそうか、まあちょっと寝えや」
 催眠にかかったように目を閉じためぐみは、すぐに寝息を立てて静かになった。
 しばらく車を走らせて、家に通じる路地で犬の散歩をしている筒元の母親とすれ違ったが、向こうは気づきもしなかった。おれはめぐみをつついて起こした。パーカーのフードで住んでいる世界を切り替えているように、めぐみはまたフードをかぶると縮こまった。
「わがの家やろ、そないコソコソすんな」
 おれが言うと、めぐみは首を横に振った。
「自分の家ちゃうみたいやで。めっちゃおりづらいし」
「部屋も風呂もあるやんけ」
 おれが助手席の鍵を開けても、めぐみは中々降りようとしなかった。
「勉強って、せなあかんの?」
 諦めたようにドアを開けためぐみが呟いた。おれはしばらく黙っていたが、うなずいた。
「あかんことはないけど、役に立つんちゃうか。おれに聞くな」
 どことなくかしこまったように口を真一文字に結んだめぐみは、首をすくめて言った。
「はい。ありがと」
 きびすを返しながら手をひらひらと振って、塀の忍び返しにパーカーをかけると、めぐみは器用に乗り越えた。『強盗』の二文字がふと頭に浮かんだ。おれは車載時計を見た。起きたのは、昨日の朝十時。あと数時間で、二十四時間起きていることになる。

 近くにある牛丼屋で朝メシを済ませて、目薬を両目に落とす。おれは、人とメシを食うのが嫌いだ。時間を合わせるのも、人が何かを食ってる姿を見るのも、気に食わない。サンボはその逆で、よくおれ達を焼肉に誘う。
 いつの間にか和泉くんからメールが来ていて、いつも通り件名は空だった。
『タタキの話が出てるで。良くんなんか聞いてない?』
 もう一件は、須美ちゃんから。
『サンボがなんかやるっつう話、聞いた?』
 二人とも何故かメールにこだわっている。おれが返事を送るかどうか迷っていると、噂の主から着信が入った。画面いっぱいに『サンボ』の文字。通話ボタンを押すと、すぐに話し始めた。
「おう、ダッシュで来い」
「はい」
作品名:knuckleheads 作家名:オオサカタロウ