⑥全能神ゼウスの神
喪失と復活
「…。」
「…。」
ベッドでリカと抱き合う私とイヴの赤い瞳が、驚きに見開かれる。
「…っえ…あ…ええ!?」
慌てるイヴを冷ややかに一瞥したリカは、私にシーツを掛けながら、ゆらりとベッドから身を起こした。
「白々しい。」
背中しか見えないけれど、その声色からリカが不機嫌なことが伝わってくる。
「おまえ、ずっとそっちにいただろ。」
「え!?」
リカは一糸まとわない姿で立ち上がると、床に落ちている私とリカの服を拾った。
「また始めそうだから、入ってきたんだろ?」
リカは手早く衣服を身に付けながら、イヴの方に歩いていく。
「あ、気づいてました?さっすがリカさん♡」
悪びれる様子もなく、いつも通りの笑顔でその怒りを受け流すイヴ。
「はぁ。」
リカが呆れた様子でため息を吐きながら、イヴを押し出すように寝室の扉を開けた。
「待ってな。」
そのままバタンと扉を閉める。
リカは素早くベッドへ戻ってくると、傍らに腰かけた。
スプリングが軋んで、少しそちらに傾く。
「大丈夫?」
やわらかな声色で言いながら、リカが手を伸ばしてベッドサイドのカーテンを開けると、早朝の少し霞んだ清々しい陽射しが寝室に差し込んだ。
その瞬間、私は驚きに目を見張る。
「…なに?」
リカが小さく首を傾げながら、怪訝そうに私を見た。
「…。」
私は目に映る現実が受け入れられず、呆然とする。
「めい?」
リカが心配そうに眉を寄せながら、私へ手を伸ばし、頬へ触れた。
「…。」
その瞬間、リカの動きが止まる。
見開かれた瞳が何か考えるように右下を向いたけれど、すぐに私を見つめた。
その様子で、私も自分の異変に気付き、胸が嫌な音を立てる。
(え…いつから私…?)
(…そういえば、リカを受け入れてる時…どうだった?)
(触れられても…光ってない…。)
(光らない、ってことは…『力を失った』てこと?)
頬に触れているリカの手に、思わず助けを求めるように自分の手を重ねた。
「…。」
けれど、やはり光らないことで、それが現実だと証明することとなる。
(ど…どうしよう、私…!)
小刻みにふるえ始めた私にリカはやわらかく微笑みかけると、安心させるように頬をひと撫でしてくれた。
(フェアリーの力を失った私に、何の価値があるの?)
「めい。」
私の心を読んだリカが、厳しい声色で遮る。
「だって…フェアリーじゃなきゃ、あなたの役に立てない…傍にいる価値ない…。」
「価値ってなんだよ。役に立つから…フェアリーの力がほしいから、傍に置くわけじゃねーよ。」
「でも…もう御祓の泉に入れない!」
思わずそう叫んだ瞬間、リカが目を見開いた。
「…なんで御祓…。」
リカは私を数秒見つめると、ハッとした表情になり杖を手に取る。
そして魔法を詠唱すると、床が鏡になった。
「…ゼウス…。」
そこに映った自らの姿を確認したリカは、小さく呟く。
「でも魔導師の力も使える…。」
言いながら杖と床に映る姿を交互に見つめ、しばらく考え込んだ。
「…失ったのは、私だけ…?」
声がふるえる。
ジッと考え込んでいたリカが、ゆっくりとこちらをふり返った。
そして青ざめる私に近づくと、優しく服を着せてくれる。
「めい。愛してるよ。」
唐突に告げられた言葉に、私は顔を上げた。
すると、鼻と鼻がくっつきそうな距離でリカと視線が絡む。
その瞬間、リカの頬が赤く色づいた。
「…。」
思わずその顔をジッと見つめてしまうと、リカがふっと金の瞳を逸らす。
「…聞かなかったことにして…。」
「え!?」
(どういうこと?)
(勢いで言っただけで本当は違うってこと?)
「あ~…違う違う。」
リカは私をギュッと抱きしめると、頭をそっと撫でた。
「『愛してる』なんて言ったことなかったからさ…ちょっと恥ずかしくて…。」
(…。)
(また『初めて』…なんだ?)
嬉しい言葉に舞い上がった私は、リカにギュッとしがみつく。
すると、リカも応えるようにギュッと抱きしめ返してくれた。
それから自然と見つめ合い、再び唇が重なろうとしたその時。
再び、不躾に扉が開かれた。
「リカさん!今、陽から連絡が入って」
そのまま、イヴが固まる。
「…サタン…。」
呟やく声色はどこまでも冷たく、怒気に溢れていた。
「…あれー?なんかこの部屋クーラーきかせすぎ?」
普通の人なら恐ろしさのあまり腰が抜けるだろうリカの凄みも、飄々とかわすイヴ。
リカは荒いため息を吐く。
「…ミカエルに戻ったんだろ?」
リカは鏡を消しながら、金色の瞳をイヴへ向けた。
「…はい。」
イヴは、なぜか先程のおどけた様子を瞬時に消し、憂い溢れる表情でリカを見上げる。
あれほど望んでいた『ゼウス』のリカがそこにいるのに、呆然と彼を見つめるばかりだ。
そう。
リカはなぜか、ゼウスに戻っていた。
「…フェアリーを、抱いたから?」
イヴが呟くと、リカは首を左右にふる。
「前例がねーから、わかんねー。」
そこまで言うと、杖で床をトンっと軽く突いた。
すると瞬時に床が暗転し、宇宙が広がる。
「ゼウスに戻ったけど、魔導師の力も残ってるし。」
「…じゃあ今のリカは、2つの世界から宇宙を守れるってこと?」
私の言葉に、リカはハッとした表情で私をふり返った。
そして私を見つめたまま考えを巡らせると、再びイヴに向き直る。
「とりあえず、おまえは神殿へ行きな。」
イヴは頷きながら、リカと私を交互に見た。
「リカさんとめいちゃんは?」
リカは杖で床を突いて宇宙を消すと、前髪をかきあげる。
「私は、魔道界に戻る。めいには引き続き、ここに隠れててもらう。」
その瞬間、魔導師達に詰め寄られていたリカを思い出した。
(あんな状況の魔道界に、ひとりで行かせられない!)
私は慌ててベッドから降りようとする。
「ジッとしてな。」
リカはふり返らずに、私を制した。
「…リカ…私も」
「おまえはここにいな。」
ピシャリと遮られ、私はぐっと唇を引き結ぶ。
(リカが私を守ろうとしてくれてるのは、わかる。)
けれど、私は守ってほしいわけじゃない。
お互いに支え合いたいのだ。
「…イヤ。」
低い声で言うと、リカが静かに私をふり返った。
「私はリカから離れない。」
「めい…。」
諭すように名前を呼ばれたけれど、私は拳をグッと握りしめ、勢いよく立ち上がる。
「守ってくれなくてい…!」
言いかけた瞬間、リカに注がれた愛情が零れ出すのを感じ体がビクッとふるえた。
頬を熱くなり腰が引けた私に、リカがゆっくりと近づき肩をトンっと押す。
そのままベッドへストンと座った私は、先程までのことを思い出し、よみがえった余韻にますます体が熱くなった。
「手早く終わらせて、また抱きに戻るから、ここで待ってなよ。」
リカが艶やかに微笑みながら、からかうように私の顎をするっと撫で上げる。
「!…セクハラ!!」
カッと頬が熱くなりながらすかさず拳を打ち込む私に、リカが楽しそうに声をあげた。
「あっはっは!」