赤秋の恋(千代)
決意
佐藤はがむしゃらに生きてきた自分の人生を振り返ってみた。好きな画家生活から、離婚までしなければならなかった失意の時、そのことが返って力になり、小さな工場を成長させた。佐藤は離婚した妻を、3歳の豊を連れ戻したかった。しかしその夢は断たれた。彼女は結婚したのだ。目的を失ったとはいえ、多くの従業員を抱え、その責任を負うことになると、跡継ぎのいないことに、今までのような一途な気持ちは失い始めた。
65歳になり、佐藤は定年退職の形をとった。社長は全くの他人の青木に任せ、佐藤は代表権のある会長になった。株の大半は佐藤が持っているので、人事は佐藤の一存で決定できた。
佐藤は、ありのままの自分を人目にさらしてみたかった。いやそうではない。落ちぶれた時の自分であった。だから、衣服は家を出た時のままでいた。2か月余りであったが、野宿をしながらの放浪で、傷みは激しかった。ただ髭は伸ばすのが嫌で毎日剃っていた。頭髪は適当にカットすればそれなりの形になっていた。
佐藤にはある信念があった。自分そのものは変えたくはない。外見だけを変えたかった。だから衣服はぼろになっても変えるつもりはなかったのだが、髭や頭髪は今までのように整えたかったのだ。
知り合いのいない町に出れば、佐藤が声をかけない限り、誰も言葉をかけてはこない。ただ歩き、飯を食い、眠る。目的のない放浪、楽しみはあるはずもなかった。
時々、道端の小さな花の美しさに気づく、夜空の星を長い時間見るのも子供の時以来であった。
佐藤は孤独を味わった。それは、孤独から逃れたいことでもあった。もちろん佐藤には孤独から逃れる手段はいくらでもある。しかし、佐藤は今のままでその孤独から逃れることを探したかった。