月夜に恋ひとつ
「本当に?」
「ああ。」
「わーい。」
僕は十日間でこの三つのコードを完璧に弾けるようになりたかった。きっと満月が喜んでくれると思ったからだ。
翌朝、僕は出発前のパパにこう言った。
「ギター忘れないでね。」
「ああ、わかってるよ。」
「じゃあ、いってらっしゃい。」
「いってきます。」
そしてお姉ちゃんは学校へ行き、僕とママは幼稚園へ行った。
「おはようございます。」
「奈音くん、お誕生日おめでとう。」
「ありがとう。」
「それでは今日もよろしくお願いします。」
「はい。」
そう言うとママはいつもと違う方へと行った。
「みんな、今日は奈音くんのお誕生日よ。」
先生がそう言うと幼稚園のみんなが歌ってくれた。
「ハッピバースデートゥーユー…」
歌い終わるとみんなが拍手をしてくれた。とても嬉しかった。少し前までいじめにあうことを不安に思っていただけに、すごく安心した。
それから夕方になり、ママが迎えに来てくれた。
「奈音。」
「はーい。」
「先生、今日もありがとうございました。」
「いいえ。それではお気を付けて。」
そう言うと僕とママは帰っていった。
「ママ、今日ね…」
「なぁに?」
「みんなが誕生日の歌を歌ってくれたんだ。」
「良かったじゃない。」
「うん。あとね…」
「ん?」
「その後に拍手もしてくれたんだよ。」
「あら、良かったわね。」
そんな話をしているうちに家へ着いた。ママは僕がいじめられていないことに安心した様子だった。
「今日は奈音の誕生日だからハンバーグにしたわよ。」
「わーい。」
すると純子が帰って来た。
「ただいま。わー、いい匂い!」
「今日はハンバーグだよ。」
するとパパも帰って来た。僕は楽しみにしていたギターをプレゼントしてもらえると思い玄関まで迎えにいった。
「おかえりなさい。」
「ただいま。はい、プレゼント。」
「わーい。ありがとう、パパ。」
そしてごはんを食べ終えると、家族でケーキを食べた。
それから僕は子供用の小さなギターでコードを弾く練習を始めた。
「EとAとB…」
ジャーン。パパのギターと違い弾きやすかった。流石に子供用のギターだなと思った。
「おお、上手いじゃないか。」
「本当に?」
「本当だよ。」
ジャーン。僕は得意気にコードを弾いた。
「へぇ、奈音も弾けるんだね。」
お姉ちゃんがこう言った。
「まぁね!」
「でも子供用でしょ?」
「ああ、そうだよ。でも子供用のギターで練習して、大人になったら普通のギターを弾く子もいるんだよ。」
「そうなんだ。全然知らなかった。私、興味ないしね…」
「ねぇ、パパ。もうひとつコード教えて。」
「いいよ。じゃあC#mを教えるね。」
「まず人差し指で…」
「うん!」
「薬指がここで…」
「うん!」
「小指がここで…」
「うん!」
「中指がここ。」
「うん!ありがとう。」
ジョロリーン。慣れないせいかパパのギターと同じような鳴り方だった。
「これもまた練習が必要だな。」
「十日で覚えられるかなぁ…」
「十日?」
「うん。」
「どうして?」
「月と会うんだってさ。」
「それまでに弾けるようになりたいのか?」
「うん。」
「じゃあ、毎日練習だな。」
「うん!」
そうして僕はひたすらギターの練習をしていた。
それから満月の日が訪れた。この日はすごく良い天気だった。僕は幼稚園へ行ったものの、夜が待ち遠しくて仕方がなかった。そして夜も更けてきた頃、僕は空へ行く準備を始めた。ギターはプレゼントでもらったものがあるから問題なかった。あとは時計の電池を外して、光が項垂れるのを待っていた。
そして光が項垂れた真夜中、僕はベランダへ出た。空を見上げると赤色をした満月が出ていた。すると僕を呼ぶ声が聞こえた。
「奈音くん。」
「あ、お月様!」
「久しぶり。」
その時すでに僕は空にいた。
「久しぶりだね。」
「そのギター…」
「うん、これね、パパが僕の誕生日プレゼントに買ってくれたんだ。」
「何か弾いて聴かせてくれる?」
「うん!」
僕は得意気に、EとAとBとC#mのコードを弾いて聴かせた。
「うわぁ、すごい!上手になったね。」
「毎日練習したんだよ。お月様に聴かせたくて。」
「ありがとう。」
「いつかね、曲を作ってあげるよ。」
「本当に?」
「うん。まだまだ時間がかかるかもしれないけど。」
「すごく嬉しいよ。」
「そう?」
「うん!」
「ねぇ、お月様は三日月と満月とどう違うの?」
「何も変わらないよ。形だけかな。」
「じゃあ、手を繋いで…」
僕は左手を満月は右手を差し出し、手を繋いだ。三日月の時と同じ温もりがあった。僕はそれがすごく嬉しかった。僕は思い切って聞いてみた。
「次はいつ会えるの?満月は今日で終わりでしょ?」
「また三日月になる頃…」
「じゃあ、今日はいっぱい話そう。」
「うん!」
「僕のギターはね、パパに教えてもらったんだ。」
「そうなの?」
「うん。」
「だから上達が早いのね。」
「そうかなぁ…」
「だって十日前は今ほど上手に弾けてなかったよ。」
「そっか。それにこれは子供用のギターだから。」
「そうなんだね。」
「うん。次はいつ会えるかなぁ。」
「また十日後ぐらいかしら。」
「また会える?よね?」
「うん。」
「あ、あそこの海に手紙を書くね。」
「うん!」
そう言うと僕は右手の薬指でそっと海にラブレターを書いた。
おつきさま あえないあいださびしかったよ
おつきさま さびしくなかった?
おつきさま もしかしたらもうあえないかとおもったよ
おつきさま でもまたあえてうれしかったよ
おつきさま だいすき
「読めた?」
「うん。ありがとう。」
そんな会話をしていると辺りは少しずつ明るくなっていた。すると満月はこう言った。
「私は奈音くんが好き。」
「僕もお月様が好きだよ。」
「もしももう会えなくても?」
「え?…」
「会えなくても好きでいてくれる?」
「うん。でも会えないのは嫌だよ。」
「あ、私もう行かなくちゃ…」
「うん。また…ね。」
そう言うと僕は帰っていった。また三日月になった時に会えると信じて…
お月様 今日はまん丸だったね
お月様 僕よりも大きかったね
お月様 会えてすごく嬉しかったよ
お月様 会えてすごく楽しかったよ
お月様 大好きだよ
それから夜が明けた。パパは会社へ、お姉ちゃんは学校へ、僕とママは幼稚園へ行った。でも僕は誰にも満月の話はしなかった。どうせ誰も信じてくれないと思ったからだ。話す気さえもうすでになかった。
そして毎晩僕はベランダから月を見ていた。いつでも会えるようにギターを持って、時計の電池を外して…
ある日、星ひとつない空に三日月が浮かんでいた。すると僕を呼ぶ声が聞こえた。
「奈音くん。」
すると僕は空にいた。
「お月様!」
「久しぶりね。元気だった?」
「うん。お月様は?」
「私はいつも元気よ。」
「良かった。」
「…」
「どうしたの?」
「ううん。何でもない。」
「何か言いたそうな表情してるよ。」
「そう?」
「うん。」
「実はね…」
「実は何?」
「もう会えないの…」
「どうして?」
「どうしても。」
「理由聞かせてよ。」