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月夜に恋ひとつ

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「よし。パパは信じてるからな。」
そう言うとパパは僕の部屋から出ていった。幼稚園で月の話はしないと約束したものの、パパは僕の話を夢だと思っていることぐらいはわかった。

 その夜、僕はまた三日月に会おうと準備をした。パパのギター、電池を外した時計…これで完璧だと思い、ベランダへ出た。するとまた少しふっくらした三日月が声をかけてきた。
「奈音くん。」
すると僕は空の上にいた。
「お月様!」
「今日も会えたね。嬉しい。」
「うん、僕も嬉しいよ。」
「でも何だか元気なさそうだよ?」
三日月には僕の様子がわかっていたようだ。
「うん。もう幼稚園ではお月様と会った話はしたらだめだって。」
「そう…」
三日月は少し寂しげな様子だった。
「誰も信じてくれないんだ。」
「…そうかもね。」
「それにいじめられちゃうって…」
「そう…」
「ねぇ、手、繋ごう。」
「うん。」
僕は左手を、三日月は右手を差し出し手を繋いだ。それからその夜、僕と三日月の間にほとんど会話はなかった。それでも僕は幸せだった。すると三日月が言った。
「もうすぐ半月だから、暫く会えなくなるの…」
「え…」
僕は寂しかった。

 「ごめんね、奈音くん。」
「ううん。絵本にも出て来ないから仕方ないよ。」
「じゃあ、満月の日に待ち合わせをしましょう。」
「光が項垂れた頃…だよね?」
「そう!」
「ちゃんとわかってるよ。」
「すごい!」
「だってお月様が大好きだから。」
「私も奈音くんが大好きだよ。」
「暫く会えないの寂しいけど…」
「うん…ごめんね。」
「ううん。僕さ、いっぱいギターの練習しておくよ。」
「うん。楽しみにしてるね。」
「絶対に上手くなってお月様を喜ばせてあげるんだ。」
「ありがとう。」
そうすると空は少しばかり明るくなっていた。
「あ、私…もう帰らなくちゃ…」
「また…ね。」
お日様が顔を出し始めた頃、気付くと僕はベッドの上だった。いつの間にかパパのギターを片付けて、時計に電池を入れたようだった。

お月様 だいぶふっくらしたね

お月様 誰でも折れそうにないぐらいふっくらしたね

お月様 会えてすごく嬉しかったよ

お月様 会えてすごく楽しかったよ

お月様 大好きだよ

 その日の朝、僕は幼稚園へ行くのが嫌だった。少し怖かったのだ。もしかしたらいじめられるかもしれない、そんな思いがあったのだ。そんなことを考えているうちに出発する時間になり、ママに連れられて幼稚園へ行った。
「ねぇ、ママ。」
「なぁに?」
「お月様の話をしなければいじめられない?」
「そうよ。だから話さないこと!」
「はーい。」
「ママは信じてるからね。」
「ありがとう。」
そんな会話をしているうちに幼稚園に着いた。

 「おはようございます。」
「おはようございます。」
「今日もよろしくお願いしますね。」
「はい。奈音くんは特に気を付けて見ていくのでご安心ください。」
「はい。ありがとうございます。」
そう言うとママは帰っていった。

 僕は相変わらず絵本を読んでいた。しかし、やっぱり「月夜に恋ひとつ」を越える絵本はなかった。僕は他の絵本を読みながら、三日月のことを考えていた。いつ満月になるのだろうか、いつ会えるだろうか、本当にまた会えるだろうか…不安と期待でいっぱいだった。僕は誰にも気付かれないように心の中で「月夜に恋ひとつ」を読んでいた。


絵本の中のあの子に僕は恋をした

そしたら世界はその子を三日月にした

絵本の中のあの子に僕は恋をした

そしたら世界はその子を青色にした

灯りが眠る頃 僕は君に会いに行くよ

時計を止めたなら 草臥れたギターと旅に出るよ

星ひとつない空を 君と手を繋いで見下ろしていたら

あっという間に意地悪なお日様が おやすみと言って僕を眠らせた

また…ね

絵本の中のあの子に僕は恋をした

そしたら世界はその子をまん丸にした

絵本の中のあの子に僕は恋をした

そしたら世界はその子を赤色にした

光が項垂れた真夜中 待ち合わせ

右手の薬指でラブレターをそっと海に書いた

星ひとつない空を 君と手を繋いで見下ろしていたら

あっという間に意地悪なお日様が おやすみと言って僕を眠らせた

また…ね

絵本の中のあの子に僕は恋をした

星ひとつない夜に…


何度も何度も読んでいたので一字一句暗記していたのだった。他の絵本を読むふりをしながら、心の中で「月夜に恋ひとつ」を何度も繰り返し心の中で読んでいた。そうするとあっという間にママが迎えに来る時間になっていた。

 「今日もありがとうございました。あの…」
「あぁ、奈音くんですね?」
「はい。」
「大丈夫でしたよ。いじめに発展することはなさそうです。」
「今日は何をしていましたか?」
「ずっと絵本を読んでいました。」
「そうですか。奈音、そろそろ帰るわよ。」
「はーい。」
「それでは失礼します。」
そう言うと僕とママは帰っていった。
 
 家へ着くと僕はママに聞いた。
「満月っていつか知ってる?」
「そうね…確かカレンダーに…」
「ねぇ、いつ?」
「今日から十日後みたい。」
「十日後かぁ…長いなぁ…」
「どうして?」
「ん…満月の日に約束したんだ。」
「それまでは会えないの?」
「うん。」
「どうして?」
「絵本に会い方が書いてないから…かな。」
「そう…」
ママは少し安心した様子と不安そうな様子が入り混じった表情をしていた。

 そして夕飯を食べ始めた。
「いただきます。」
「いただきます。」
「ねぇ、奈音。」
「なぁに?お姉ちゃん。」
「まだ月と会ってるの?」
「うん。でも次は満月の日だよ。」
「それまでは?」
「会えないみたい。」
「変なの。」
「こら純子!やめなさい。」
「はーい。」
そんな会話をしているとパパが帰って来た。
「ただいま。」
「おかえりなさい。」
「みんな揃ってるし、先にごはんでも食べるか…」
「ねぇ、パパ、またギター教えて。」
「おう、いいぞ。」
「ごはん食べたら教えてあげるよ。」
「やったー!」

 そしてごはんを食べ終えると僕はギターを教わった。前に教えてもらったEとAのコードは覚えていた。
「Eを弾くね。」
ジョロリーン。不安定だが音は鳴った。
「次はAを弾くね。」
ジョロリーン。また不安定だが音は鳴った。
「まぁ、初めはそんなもんだろう。」
「そう?」
「そうだよ。じゃあ今度はBを教えるね。」
「うん。」
「人差し指をこうやって…」
「うん。」
「中指でここを押さえて…」
「う、うん。」
「薬指でここを…」
「…」
「小指でここを押さえてBだ。」
「痛ててて…」
BというコードはEやAよりも難しかった。それを弾けるパパはすごいと思った。それでも満月までには聴かせたかったので僕は頑張った。
 チョロリーン。やっぱりEやAよりも不安定な音だった。
「難しいよ、パパ。」
「あはは。頑張れ、奈音。」
「人差し指が痛い…」
「Bはちょっと早かったかな?」
「ううん。頑張るよ。」
それからも僕はコードを弾き続けた。
「そういえば明日は奈音の誕生日だな。」
「うん。」
「子供用のギターを買ってあげるよ。そうすればきっと上手く弾けるから。」
作品名:月夜に恋ひとつ 作家名:清家詩音