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月夜に恋ひとつ

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少し得意気にパパは言った。その日は僕はひたすらEとAのコードの練習をした。手が痛くなっても、指が痛くなっても、それでも三日月に聴かせるためにひたすら頑張っていた。

 夕方になると、空は曇り出してきた。今にも雨が降り出しそうなそんな天気だった。
「あら、曇ってきたわね。」
「え!」
「どうしたの?」
「…ううん、何でもない。」
「洗濯物を取り込まなくちゃ。」
今日は三日月に会えないかと思うと、僕は残念な気持ちでいっぱいだった。それでもいつものように会う準備はしておこうと思った。

 その夜、いつものようにパパが眠ったことを確認するとギターを持ち出した。そして自分の部屋に戻り、時計の電池を外して、ベランダへ出た。
 しかし、その日は曇っていたせいか三日月は見えなかった。そして僕を呼ぶ声も聞こえなかった。それから僕はがっかりして、パパのギターを戻し眠ることにした。
「あーぁ、今日は会えなかったな。」
そう独り言を言って僕は眠った。

 翌朝、僕は目覚まし時計の音で目を覚ました。今日は幼稚園の日だった。パパとお姉ちゃんはすでに、それぞれ会社と学校へ行っていた。僕は朝ごはんを食べると、ママと幼稚園へ行った。
「おはようございます。今日もよろしくお願いします。」
「はい。ではお預かりしますね。」
そう言うと僕はまた絵本を読み始めた。幼稚園の絵本は「月夜に恋ひとつ」に比べたらたいしたことはなかった。それでも絵本が好きな僕は友達と遊ぶことより絵本を読むことを選んだ。すると先生がこう言った。
「天気も良いし、みんな外で遊ぼう!」
「はーい。」
みんなは素直に外へ出て遊んでいた。僕も渋々と外で遊ぶことにした。この時、僕は夜まで晴れているといいなと思っていた。そしたらまた三日月と会えると思ったからだ。そして僕は望くんと遊ぶことにした。

 「望くん!一緒に遊ぼうよ。」
「いいよ。またブランコで遊ぼう。」
「うん。」
そう言うと僕と望くんはブランコをこいだ。
「ねぇ、奈音くん…」
「なぁに?」
「まだお月様と会ってるの?」
「うん。まだ二回しか会ってないけど。」
「そうなんだ。」
「望くんは信じてくれるの?」
「もちろんだよ。」
「本当に?」
「うん。奈音くんは嘘つきじゃないもんね。」
「うん!」
半信半疑だった望くんが僕の話を信じてくれて嬉しかった。
「それでどうすれば会えるの?」
「まずね、パパのギターをこっそり持ち出すんだ。」
「それで?」
「時計の電池を外してね、時間を止めるんだ。」
「それから?」
「ベランダへ出る…」
「それだけ?」
「うん。」
「うちにはギターなんてないから僕は会えないかも…」
「そっか…今度うちに泊まりに来ない?」
「いいの?」
「うん。一緒にお月様に会いに行こうよ。」
「ありがとう!」
「今日にする?」
「え?大丈夫かなぁ…」
「帰りにママに聞いてみよう。」
「うん。」
そんな会話をしているうちに帰りの時間になった。

 「奈音!」
ママが僕を呼ぶ声がした。
「ママ、今日さ、望くんが泊まりに来てもいい?」
「うちは大丈夫よ。あとは望くんのママがいいって言えばね。」
すると望くんのママが来た。
「こんにちは。今日望が奈音くんの家に泊まりに行きたいって言ってるのですが…」
「うちは全然問題ないですよ。」
「そしたらお言葉に甘えて…」
「たいしたことは出来ませんが…」
「わーい!」
「わーい!」
僕と望くんは喜んだ。この日は天気が良かったので、きっと三日月に会えると思っていた。それから僕とママと望くんが家へ着いた。

 「いらっしゃい、望くん。」
「おじゃまします。」
「ただいま。」
「まずふたりとも手を洗ってうがいをしなさいね。」
「はーい。」
ふたりは同時に返事をした。
「望くん、今夜はグラタンだけどいいかしら?」
「うん。僕、グラタン大好きだよ。」
「それなら良かったわ。」
そう言うと手を洗いうがいをして、僕と望くんは僕の部屋へ行った。
「この絵本だよ。」
そう言って僕は望くんに絵本を渡した。ふたりは寝転びながら一緒に絵本を読んだ。
「絵本の中のあの子に…」
僕は声に出して読んだ。そして次へ次へとページをめくっていった。

 それから絵本を読み終えた頃、ママの呼ぶ声が聞こえた。
「ふたりともごはんよ!」
「はーい。」
そう言うと僕と望くんは一回へ降りていった。
「いただきます。」
「いただきます。」
「どう?美味しいかしら?」
「うん。すごく美味しい。」
望くんはそう言った。
「おかわりもあるからいっぱい食べてね。」
「はい。」
そうしているうちにごはんを食べ終えた。そして僕と望くんはお風呂に入り、歯を磨き、僕の部屋で夜が更けるのを待っていた。

 少しベランダから外を覗くと、また少しふっくらとした三日月が見えた。そして夜が更けた頃、僕はパパの部屋からそっと気付かれないようにギターを持ち出してきた。それから時計の電池を外した。
「これで準備が出来たよ。」
僕はこう言った。
「これで本当に会えるの?」
「うん。ベランダへ行こう…」
この日は晴れていたせいもあり、少しふっくらとした三日月がしっかりと見えた。しかし、星はひとつも見えなかった。それから僕と望くんが空へ行くのを待っていた。しかし、この日、空へ行くことは出来なかった。そして部屋へ戻った。
「ねぇ、奈音くん。」
「ごめん…」
「どうして行けなかったの?」
「僕にもわからないよ。」
「嘘をついてたの?」
「嘘じゃないよ。」
「でも行けなかったじゃん。」
「うん…ごめん。」
「僕がいたからかなぁ…」
「そんなことないと思う。」
「じゃあ、どうして?」
「…」
僕はこれ以上何も言い返せなかった。三日月が信じている人しか来れないと言っていたことをしっかりと覚えていた。望くんはやっぱり少しは疑っていたのだなと思った。そしてふたりは諦めて眠りについた。

 翌朝、ママは僕と望くんのお弁当を用意してくれていた。そしてパパは会社へ、お姉ちゃんは学校へ、僕と望くんとママは幼稚園へ行った。
「おはようございます、先生。」
「今日は望くんも一緒なんですね。」
「はい、昨日泊まりに来ていましたから…」
「それではふたりをお預かりしますね。」
「はい。よろしくお願いします。」
そう言うとママは帰っていった。

 「奈音くん。ブランコで遊ぼう。」
「うん。いいよ。」
そう言うと僕と望くんはブランコで遊ぶことにした。
「どうして昨日はお月様に会えなかったの?」
「僕にもわからないよ。」
「楽しみにしてたのに…」
「ごめんね。」
「まぁ、仕方ないけどさ…」
望くんはまた半信半疑な様子だった。だから昨日は三日月に会えなかったのだろう。そう思ったが、決して言葉にはしなかった。
「本当にごめんね。」
「もういいよ。」
「でも嘘じゃないよ。」
「嘘だなんて思ってないよ。」
「…」
「ただがっかりした。」
「…」
僕は何も言えなかった。それから僕と望くんは黙ったままブランコで遊んでいた。

 そして夕方になりママが迎えに来た。
「奈音、お待たせ。」
「うん。」
「じゃあ、先生、失礼します。」
「はい。お気を付けて。」
作品名:月夜に恋ひとつ 作家名:清家詩音