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月夜に恋ひとつ

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「はい。恐らく夢だと思うのですが…」
「きっと夢ですよ。」
「そうですよね…」
「奈音くん、しっかり見ておくのでご安心ください。」
「はい。ありがとうございます。それでは失礼します…」

 そう言うとママは家へ帰っていった。そして僕は仲良しの望くんに昨夜の話をした。
「望くん、昨夜…」
「どうしたの?」
「僕ね、空の上で三日月と話してたんだ。」
「え?」
「新しく買ってもらった絵本の中に行きたくて、パパのギターを持ち出して、時計の電池を外して、部屋のカーテンを開けたんだ。」
「それで?」
「そしたら綺麗で青い三日月が出てたんだ。」
「その三日月と話してたの?」
「うん。手も繋いだよ。」
「本当に?」
望くんは僕の話を半信半疑で聞いていたようだった。パパもママもお姉ちゃんも疑っている今、仲良しの望くんだけには信じてもらいたかったのだ。しかし、信じてくれる人など誰もいないことに僕はがっかりした。ただ僕の左手にはまだ三日月の右手の温もりが残っていた。

 それから夕方になり、ママが迎えに来た。
「奈音、お迎えに来たわよ。」
「ママ!」
「先生、それでは失礼します。」
「はい。お気を付けて。」
そう言うと僕とママは家へ帰っていった。その途中にこんな会話をした。
「ねぇ、ママ。新しい絵本は読んでくれた?」
「読んだよ。」
「すごく良い話でしょ?」
「そうね。」
「僕の読んだ中で一番好きな絵本だよ。」
「そうね。不思議な話だけど素敵な絵本よね。」
「うん。」
「でも夜更かしはだめよ。」
「…はい…」
今日も三日月に会いに行こうと思っていた僕は嘘をついてしまった。きっとまた怒られると思いながらも…

 そして僕とママは家へ着いた。
「先に手を洗ってうがいをしなさいね。」
ママはいつもこう言う。
「はーい。」
そして僕はいつもこう言い返す。もうお決まりの文句だ。それでも僕は反抗することなく、手を洗いとうがいをしてから部屋へ行く。
「ねぇ、ママ。」
「どうしたの?」
「今日さ、パパとお姉ちゃんにも絵本を読ませてあげるよ。」
「そう。きっと喜ぶわよ。」
夕飯の準備をしながらママはそう言った。するとお姉ちゃんが帰って来た。

 「ただいま。」
「おかえり、お姉ちゃん!」
「純子、手を洗ってうがいをしなさい。」
「わかってるよ!」
そう言うとお姉ちゃんは手を洗ってうがいをした。
「ねぇ、お姉ちゃん。」
「なぁに、奈音。」
「この前買ってもらった絵本を読ませてあげるよ。」
「うん。ありがとう。」
「ちょっと待ってて。今部屋から持ってくる。」
そう言って僕は部屋から絵本を持ってきた。
「はい、これ。」
「…」

 お姉ちゃんは絵本を読み始めた。きっと気に入ってくれると僕は思った。そうしているうちにお姉ちゃんは絵本を読み終えた。
「良い話だね。私好きだよ、この絵本。」
「僕も!今までで一番好きな絵本だよ。」
「ねぇ、奈音…」
「なぁに?」
「私の部屋に行こうか。」
「うん。」

 そして僕はお姉ちゃんの部屋へ行った。いつもは優しいお姉ちゃんだが、たまに意地悪なので少し心配だった。
「奈音、本当に月と話したの?」
「うん。空に行ったんだ。」
「夢でも見てたんじゃないの?」
「違うってば!」
僕は嘘をついていない。だから少し怒った。
「そんなこと出来る訳ないじゃない。」
「僕、嘘なんてついてないよ。」
「じゃあ、私も連れてってよ。」
「いいよ。」
「そしたらお父さんたちが寝たら奈音の部屋に行くね。」
「うん!」
そう言うと僕はお姉ちゃんを連れて三日月と会いに行く約束をした。するとママが部屋へ来た。

 「ふたりともごはんよ。」
「はーい。」
僕とお姉ちゃんはそう言うと一階へ降りていった。
「いただきます。」
「いただきます。」
「今日はカレーだ!」
カレーが好きな僕は嬉しかった。それよりもまた三日月に会えることが嬉しかった。そしてごはんを食べ終えると僕とお姉ちゃんは部屋へ戻った。するとお姉ちゃんが僕の部屋に来た。

 「奈音、入るよ!」
「うん。」
「本当に今日も行くの?」
「もちろん!」
僕はそう言った。お姉ちゃんは僕が嘘をついていると思っていたのだろう。
「あーぁ、早く夜遅くならないかな。」
「お姉ちゃんも楽しみ?」
「…うん。」
やっぱり疑っているようだった。

 そしてパパが帰って来た。
「ただいま。カレーの良い匂いがするな。」
「おかえりなさい。」
パパとママの会話が聞こえてきた。そして僕とお姉ちゃんはパパとママが眠るのを待っていた。夜も更けてきて、パパの寝室をこっそり覗くとどうやら眠っているようだった。

 僕は昨日と同じように気付かれないようにそっとギターを持ち出した。そして自分の部屋へ戻った。
「お姉ちゃん!」
「ん?」
「ギター持ってきたよ。」
「じゃあ、次は何だっけ?」
「カーテンを開けるんだよ。」
そう言うと僕はカーテンを開けた。そして僕とお姉ちゃんはベランダへ出た。
「それで?どうすれば空へ行けるの?」
「ここで待ってれば…」
「…」
「…」
「…」
「おかしいな…」
僕とお姉ちゃんの間に沈黙が続いた。そして暫く待っていたものの、空へは行けなかった。当然、三日月と話すことも出来なかった。するとお姉ちゃんがこう言った。
「あんなに綺麗に三日月が出てるのに、どうして行けないの?」
「僕にもわからないよ。」
「やっぱり夢でも見てたんじゃないの?」
「違うもん!」
その日、なぜ空へ行けなかったのか、三日月と話すことが出来なかったのかは僕にもわからなかった。
「私、もう部屋に戻って寝るね。」
そう言うとお姉ちゃんは部屋へ戻った。僕も渋々と部屋へ戻りカーテンを閉めて、そっとパパのギターを戻して寝ることにした。

 翌朝、いつもと同じように僕は起きた。今日は幼稚園が休みだったけれど、いつもと同じ時間に目が覚めた。そして朝ごはんを食べに一階へ降りていった。
「おはよう。」
「おはよう、奈音。」
パパとママはすでに起きていた。
「奈音、この間の絵本を読ませてよ。」
パパはそう言った。
「うん、今持ってくるね。」
そう言うと僕は絵本を取りに部屋へ戻った。すると開けていなかったはずのカーテンが開いていた。きっとママが知らずのうちに開けたのだろうと思った。そして絵本を持って一階へ降りていった。パパも気に入ってくれるといいなという思いと、僕の話を信じて欲しい気持ちが入り混じっていた。
「パパ!この絵本だよ。」
「どれどれ…」
そう言うとパパは絵本を読み始めた。
「「月夜に恋ひとつ」かぁ…良いタイトルだね。」
「うん。僕が今まで見た絵本の中で一番好きなんだ。」
「そうか。」
「うん!」
そしてパパは絵本を読み終えると、僕にこう言った。

 「奈音、きっとこの前は夢を見てたんだよ。」
「…」
「だって絵本を読みながら寝たんだろ?」
「うん。でも夢じゃないよ。」
「そうか。でも夜更かしはだめだぞ。」
「わかってるってば。」
僕は嘘つき扱いされたようで気分が悪かった。パパもお姉ちゃんも、きっとママも僕が嘘をついていると思ったからだ。
「じゃあ、僕は部屋に戻るよ。」
「また絵本を読むのか?」
作品名:月夜に恋ひとつ 作家名:清家詩音