月夜に恋ひとつ
予想通り、いつも以上に良く出来ていた。
「良かったわ。今日はいつもより上手に出来たの。」
やっぱりと僕は思ったが、口にしなかった。新しい絵本のことで頭がいっぱいだったのだ。
「お姉ちゃんはどう?」
「美味しい!」
「良かったわ。精魂込めて作った甲斐があったわ。」
「ごちそうさま。」
「ごちそうさま。」
食べ終わった僕は言った。そしてまた部屋へと戻った。それから絵本を読んでいるとパパが帰って来た。
「ただいま。」
「あら、おかえりなさい。」
そういういつもなら聞こえる会話が聞こえなかった。それだけ新しい絵本に夢中だったのだ。そうするとママが僕を呼ぶ声がした。
「奈音!パパが帰って来たわよ。」
「はーい。」
僕は新しい絵本を見せたくて、絵本を持って降りていった。その時、すでに何度読んだことだろうか。それほどこの新しい絵本を気に入っていたのだった。
「パパ、おかえりなさい。」
「おう、ただいま。」
「ねぇ、パパ…今日これを買ってもらったんだ。」
「新しい絵本だね。」
「うん!誕生日プレゼントだよ。」
「良かったね。」
「今度パパにも読ませてあげるね。」
「うん。嬉しいな。」
「じゃあ、僕は部屋に戻るね。」
するとママは言った。
「歯は磨いたの?」
「まだ…」
「歯を磨いてから行きなさい。」
「はーい。」
そう言うと僕は歯を磨いてから自分の部屋へと戻った。それから絵本を読んでいた。気付くと夜が更けていた。この日は新しい絵本を買ってもらったせいもあり、僕は興奮していたのかなかなか寝付けなかったようだった。その頃、パパもママもお姉ちゃんも眠っていたようだった。
絵本の世界に行きたいと思った僕は、そっとパパの寝室へ入りギターを持ち出してきた。
そして自分の部屋へ戻りカーテンを開き空を見上げると、外には星ひとつ見えないものの綺麗な三日月が見えた。それから時計の電池を取った。そうすることで僕は絵本の世界へ行けるものだと思っていたのだ。ものすごく感情移入をしてしまう僕は、絵本のように真似ごとをしてみた。
これで新しい絵本の世界へ行く準備が出来た。そう思った僕はベランダへ出た。すると不思議なことに綺麗な三日月は青色に染まっていた。僕は空を見上げていた。するとまた不思議なことに僕は空の上にいた。三日月はとても綺麗で僕は恋をしたようだった。ギターを弾いてみたものの、パパのように上手に弾けなかった。それでも三日月は楽しそうに笑っていてくれた。馬鹿にすることもなく…
「ねぇ、どうして僕はここに来れたの?」
三日月に問いかけた。
「だってあの絵本の通りにしてくれたでしょ?」
なんと三日月が答えたのだった。僕は答えてくれないという思いと、きっと答えてくれるという思いが半分半分だった。僕は三日月と話せたことがとても嬉しかった。そして僕はこう返した。
「うん。だって素敵だなと思って…初めてだよ、あんなに素敵な絵本は。」
「そう…それなら私も嬉しいわ。」
「お月様はいつも何をしているの?」
「こうやって空からみんなを見ているの。」
「どうして?」
「それが私のお仕事だからかな?」
「へぇ…大変なお仕事だね。」
「そうでもないわよ。」
「そうなんだね。でも僕みたいに眠らない子供がいても怒らないの?」
「本当は怒らないといけないのかもね…」
「あ、僕ね、奈音っていうんだ。もうすぐ六歳だよ。」
「私は…ずーっと前からここにいるから、何歳か忘れちゃった。」
「何歳でも構わないよ。」
「ありがとう。奈音くんはやさしいのね。」
「ありがとう。」
「うん。」
「そうだ…」
「なぁに?」
「僕と手を繋いでくれる?」
「いいよ。」
そう言うと僕は三日月と手を繋いだ。僕の左手には確かに三日月の右手の温もりがあった。
「もうみんな眠ってるんだよね。」
「そうね。」
「不思議な世界でしょ?」
「うん。」
「奈音くん、楽しい?」
「うん。」
「そう言ってもらえると私も嬉しいな。」
「そう?」
「うん。」
「お月様はどうして青色なの?」
「私にもわからないの。」
「不思議だね。」
「そう不思議なの…」
「ふーん。」
「青色だと嫌かな?」
「ううん。そんなことないよ。」
「あ…」
「どうしたの?」
「お日様が出てきたわ。」
「もう僕は帰らないといけないの?」
「そうね、ごめんなさい…」
「ううん。仕方ないよ。」
「また会えるといいね。」
「うん。また…ね。」
絵本の通りだった。お日様が出る頃、もう戻らないといけなかったのだ。
お月様 すごく細かったよ
お月様 折れそうなぐらい細かったよ
お月様 会えてすごく嬉しかったよ
お月様 会えてすごく楽しかったよ
お月様 大好きだよ
気付くと朝だった。ママの声で僕は目を覚ました。
「奈音!起きる時間よ。」
「…うん…」
昨夜、眠れなかったせいか、僕はすごく眠かった。
「早く支度しなさい!」
「はーい。」
そして僕は支度をした。それから朝ごはんを食べに一階へ降りていった。もうすでにパパもお姉ちゃんも朝ごはんを食べていた。
「奈音、寝坊?」
お姉ちゃんが言った。
「うん。」
「ずっと絵本を読んでいたのか?」
「うん。」
「夜更かしはだめだぞ。」
「あのね、僕ね、昨夜三日月と会ってたんだ。」
「そんな訳ないじゃない。」
お姉ちゃんはそう言った。
「まだ寝ぼけてるだけだよ、純子。」
パパはそう言った。
「寝ぼけてないよ。」
僕はそう言った。
「こらこら、喧嘩はやめなさい。」
パパがそう言うと喧嘩は止まった。
そうこう話しているうちに時間は過ぎパパは会社へ、お姉ちゃんは学校へ行った。
そして僕も幼稚園に行く時間が来た。
「奈音、そろそろ行くわよ。」
「はーい。」
そう言うと僕とママは幼稚園へ向かった。その途中に昨夜の出来事を話した。
「ねぇ、ママ、パパには内緒にしてくれる?」
「なぁに?」
「昨夜の話なんだけど…」
「夜更かしの話ね。」
「うん…パパが寝てたからギターを持ち出したんだ。」
「パパが知ったら怒るわよ。」
「だから内緒にして欲しいんだ。」
「わかったわ。それで?」
「カーテンを開けたら三日月が出てたんだよ。」
「綺麗だった?」
「うん。すごくね。」
「でもどうしてギターを持ち出したりしたの?」
「昨日買ってもらった絵本に出てきたから。」
「それで?」
「ベランダに出たんだ。」
「そう…」
「そしたら僕は空の上にいたんだ。」
「そうなの…」
「うん。それでね、僕ね、三日月と手を繋いだんだ。青色の三日月だったんだよ。」
「そう…」
「ねぇ、僕が幼稚園に行ってる時に絵本を読んでみて。」
「わかったわ。」
「約束だよ?」
「うん。」
ママはきっと僕が夢を見ていると思ったのだろう。でも確かに僕には三日月の温もりを感じることが出来た。そして幼稚園へ着いた。
「先生、今日もお願いしますね。」
「はい。」
「あの…実は…」
「どうしましたか?」
「昨日、奈音に新しい絵本を買ってあげたんです。」
「いいですね。」
「それが…」
「どうしましたか?」
「その絵本のようになったと言うんです。」
「素敵な話じゃないですか!」
「それが空へ行ったと言うんです…」
「空へ?」