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短編集25(過去作品)

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 想像は膨らんでくる。いよいよ待ち合わせの前に胸の高鳴りを抑えるかのように、エスカレーターを降りていく。目の前に広がってくるスペースがまるでステージから見下ろす観客席のように感じられた。誰もがこちらを見ている。しかし、自分を見つめているわけではない、それぞれの待ち人を待ち焦がれながら見ているのだ。下に下りれば貝塚もその中の一人となるのだ。
 上から見つめている時には豆粒がかなりの距離をもって分散しているように感じたが、実際に下までくると、かなり密集して見える。しかもエスカレーターに乗っている時間が結構長かったように感じるのに、降りてから見ると、実に短く感じるのだった。
――それだけ上から見渡すと全体が見渡せるんだな――
 今までも感じていたかも知れないが、それが無意識だったのだろう。今さらながらに感じた距離感を不思議に感じないのは、感覚が麻痺しているからではなかろうか。
 ネットの世界での会話を思い出している貝塚だが、なかなか思い出せない。所詮平面の画面に書かれた文字でしかないのだ。声だと印象深く覚えているかも知れない。聴覚は視覚には勝てないに違いない。
 電話で聞いた声はハッキリと覚えている。声のトーンは高めだが、それでいてハスキーな感じは、まだ幼さの残った声でありながら、黄昏れた時間が似合う有閑マダムも思わせる。顔を想像できないのは無理のないことである。
 約束の時間まで、これほど長いと思ってもみなかった。以前、ここで携帯電話を使っての出会いを見てから今日のこの時だけを想像していたようだ。
 だが、あまりにも期待が大きすぎたのも事実だ。いつもよりもさらに早く待ち合わせ場所に現われ、時間がなかなか経ってくれない状況にいるのだ。次第に過ぎ去っていった過去がはるか彼方に遠ざかっていって、目の前に広がった虚空の時間だけを見ているように思えてくる。
――ネットの世界が懐かしい――
 とまで考えるのは、気持ちの昂ぶりが極限にまで達したからかも知れない。極限に達した後の結論としては、達成するまでに悪いことが頭をよぎり始める。その中には、相手が来なかったらどうしようなどという最悪な結果も踏まえていて、まさかそこまでなくとも相手を勝手に想像し、膨大に膨らんでしまった期待を今さらながら恐ろしく感じる貝塚であった。
 携帯が反応している。
「もしもし、今どこ?」
「エスカレーターが見えます。このまま真っ直ぐにいけばいいの?」
「ああ、そのまままっすぐに行って、エレベーターで降りておいで、すると待ち合わせ場所が見えてくるよ」
 いよいよである。
 理緒が近づいてくるのが分かると、貝塚は自分の頭で彼女が自分を見つける様子を想像してみる。
 目の前に広がる光景は、いつも想像しているものであり、懐かしさを感じている。いつの間にか理緒の目が自分の目になっていて、それが懐かしさを感じさせるのだ。降りてくるエスカレーターから見ていると、豆粒が散乱しているように見える光景も次第に遠ざかっていくような錯覚に陥る。理緒はすぐに自分を見つけるだろう。自分も理緒を見つけて手を振る。しかし、近づいていけばいくほど顔がハッキリとしてこない。あまりにも想像通りのために、顔を見ることができないのだ。
――本当に相手は存在しているのだろうか――
 理緒は考える。
 その頃になると、貝塚の目には以前ここで見かけた女性と理緒がダブッてしか見えない自分がいることを感じ、金縛りに遭っている。
――所詮、ネットの世界で出会うなんて、異次元世界を覗くようなものなんだ――
 と、妙な悟りを開いていた。開けてはいけない「パンドラの箱」を開けてしまったように感じる貝塚は、現実の世界すらとても狭い世界に感じられて仕方がない。所詮、アナログの世界にデジタルはそぐわないのだ。狭い世界を広い世界に移行することはできるが、広い世界を狭い世界に入れ込むことは土台無理である。
 もはやどちらが広い世界で、どちらが狭い世界か分からない貝塚は、少なくともバーチャルな世界で生きることのできない人間であることを悟った。その日の理緒との出会いは楽しいものであれ、何であれ、その時まででバーチャルな世界とはオサラバであった。
――結局、どこへいっても、自分の居場所なんてないんだ――
 と感じていた貝塚だが、もう一度自分の気持ちを顧みていた。
――自分の中に風俗への偏見があったのかも知れない――
 何をしても許されると思っているのは、相手を見下ろしている考え方を持っているからで、さらに理不尽なことを許せないのは、風俗などへの偏見が頭の中にあるからだ。それだけに現実の世界で見たせられない欲求をバーチャルに求めていたに違いないのだ。
 今、貝塚の頭の中には麗華の顔が頭から離れない。
――麗華に会いたい――
 ちょうど麗華が退院してくる日が近づいていた。
 貝塚は今、麗華に対する裏切りの気持ちで一杯だ。だが、麗華を思う気持ちはさらに深まったとも言える。
 理緒が言った「裏切る」という言葉、今さらながらに耳に残っている。まるで麗華から言われたような気がしていたのかも知れない。それだけにあの時はピンと来なかった。
 今から思えば奈々と別れるきっかけになったのが、風俗に対しての偏見だったように思う。奈々に風俗の影を見たのだ。それが本当かどうか今では分からないが、結局自分が狭い世界の中しか見ていなかった結果が、奈々との別れだったのだ。そのことをバーチャルが教えてくれた。
 手には一杯の花を持ち、顔が隠れるかのように麗華の病室に現われた貝塚、そこには、お互いに見知ったものにしか分からない最高の笑顔があることだろう……。

                (  完  )


作品名:短編集25(過去作品) 作家名:森本晃次