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短編集25(過去作品)

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 という言葉を思い出した。確かにそうかも知れない。理不尽なことを許さない性格というのは、あくまでも自分で納得できることしか認めないということにも繋がる。それだけ強情で、不器用な性格なのであろう。それがトラウマとなって残っているのなら、自分にも新宮のような生き方をしてみたいとも考える。果たしてそこに何が待っているか分からないのだが……。
「彼が貝塚くん、なかなかの好青年だよ」
 そういって女性を紹介してくれる新宮だったが、
「あら、真面目そうなお方、私は朱美、よろしくね」
 その顔に浮かんだ笑みを妖艶な笑みとして、最初は怖さを感じていた。舌なめずりでもしているようで、まな板の上の鯉の状態に思えたからだ。背筋がゾクッとして、初めてオンナというのを感じた瞬間だった。
――何と積極的なオンナなんだろう――
 テーブルに座っていて朱美の手は貝塚の膝に伸びてくる。そのまま手は太ももを通り、貝塚の股間へ……。
 思わず新宮の顔を覗き込むが、その状況を知っているはずなのに、貝塚の困ったような助けてほしそうな表情を見て、ニヤニヤと笑っているだけである。それこそ最初から納得の上での行動なのだ。スナックで呑んでいるので明かりは暗く、それが余計に淫蕩さを醸し出している。
 彼女の積極性はそれだけで終わらなかった。
 その日かなり酔い潰れていた貝塚を表に出てから積極的に誘う。
「朱美、貝塚を送ってやってくれ」
 という新宮の言葉をかすかに耳にした程度にまで酔っていた貝塚は、表の風の冷たく心地よさを感じていた。そのうちにやってきたタクシーに乗り込むと暖かさから本格的に眠くなってしまい。そのまま一緒に乗り込んだ朱美に膝枕をされながら揺れに任せていたようだ。
「ここは?」
 気がつくとベッドの中で寝ていた。上半身は苦しくないようにということなのだろう、半分脱がされていた。肌に絡みつくシルクのようなシーツが心地よい。遠くで水の勢いよく流れる音が聞こえた。
 真っ暗な部屋にシルエットで浮かび上がるシャワールームで揺れている女体、そこにはスタイルのいい女性の影が揺れている。少し上を向き加減で胸の当たりに当たっているシャワーだったが、後ろに靡いている長い髪が印象的だ。
 貝塚はそこがラブホテルであることを悟った。奈々とも何度か来たことがあるが、それとはまたく違った雰囲気、何といっても勝手知ったる相手と来たわけではない。その日に初めて知り合った相手ではないか。そのシチュエーションとアルコールによる酔いで、思考回路は麻痺していたようだ。しかし、なぜか懐かしさを感じる。決して奈々と味わうことのなかったシチュエーションなのに感じる懐かしさ、それは一体何なのだろう? 貝塚はしばし、シルエットの美しさを見ながら考えていた。
――初めての相手なんだ――
 そこに罪悪感がないとは言い切れない。しかしそれを補って余りある興奮がすべてを打ち消してくれる。それとも今まで決して表に出ることのなかった貝塚の一面でもあるのだろうか?
 頭の中ではトラウマという言葉が繰り返されている。奈々と別れた時の状況がいまいち思い出せないのは、無意識に忘れてしまいたいと思っているからだ。では無理に思い出すこともないのだろうが、そう考えれば考えるほど、思い出そうとしてしまう。それがトラウマに繋がっていると思うのだった。
 そこまで来るとまた袋小路に入ってしまいそうだ。今度の袋小路は狭い範囲での袋小路なので、考えないようにしようと思えばすぐに忘れられる。きっと、シルエットを見ていると思いだすのだろうが、実際に身体を重ねて相手を貪るような気持ちになれば思い出すこともないと思えた。
 確かに思い出すことはなかったが、懐かしさは残った。身体全体で感じた懐かしさだ。
 女体に溺れていたわけではないが、貝塚はしばらく朱美と付き合いたいと考えていた。
朱美もきっと貝塚と付き合いたいと考えているからこそ身体を預けたと思ったのは、当然であろう。好きでもない男に抱かれるなど男の貝塚には分からぬ心境である。
――好きだからこそ抱きたい、好きだからこそ抱かれたい――
 それこそが男女の真理だと思っていた。
「何よ、一回寝たくらいで自分のオンナだと思わないでよ。失礼しちゃうわ」
 このセリフだけをやけに覚えている。奈々とのことがあってから、女性に対して少し慎重になっていた貝塚だったが、少しずつ心を開いていくつもりだった。朱美と知り合ってその綻びが解けていくことを願って、ひたすら相手を思ってきた気持ちは何だったんだろう。
 朱美は貝塚が思っているほど甘いオンナではなかった。軽い誘惑、つまみ食いの類だったのだ。それを知った時の貝塚は、まるで他人事のように感じるほど、感覚が麻痺していた。気持ちが盛り上がってくると、すぐに想像力を発揮したくなる貝塚は、次第に朱美との楽しいひと時を考える時間が増えていった。それだけに、落胆も激しい。なかなか立ち直れないことは分かっていたが、自分にとっての時間が何であるか、分からなくなっていた。今まで朱美を思っていた時間を何に使うか、それが一番の問題だった。
 朱美とは身体の関係だけではなかったのだ。甘い時間を楽しみたくなってきていた。それは最初に身体という素晴らしい餌にありついたという気持ちではなく、相手を知るための一番最初の儀式だったように思うからだ。
 貝塚は純情だった。奈々と別れたのも、純情だという性格が影響していないとは言い切れない。むしろそれが強かったのだと自覚もしている。
 新宮が貝塚のことをどう思っているか真意のほどは分からない。しかし、きっと彼とは埋めることのできない隔たりがあるのだと感じている。積極的な性格で少し軽めに見える新宮を貝塚は心の底で羨んでいた。
 新宮の方は多少なりとも貝塚にじれったさのようなものを感じているようだ。それだけに朱美のような女性をあてがい、少しずつ男としての本性をむき出させようと考えたのだろうが、貝塚も一筋縄ではいかないようだ。それだけ二人の性格は違いすぎる。
 朱美から逐一新宮に報告がいっているかも知れない。
 そう感じただけで、貝塚の顔が真っ赤になってしまう。考えすぎかも知れないが、貝塚が朱美を意識し始めたのが、最初から分かっていたかのように、スルリとかわす朱美であった。
「貝塚、どうだ、朱美はなかなか素敵な女性だろう?」
 朱美を意識し始めて、今まで新宮が「朱美」と呼んでいても気にならなかったが、急にその言葉を意識し始めた。
――本当に朱美を好きになり始めたんだ――
 貝塚がそのことに気付いた瞬間だった。最初、身体を重ねた時はここまでになるとは夢にも思わなかった。その日だけでもいいと感じていた自分がウソのようだ。
 きっと想像力が気持ちに拍車を掛けたのだ。奈々と付き合っている時もそうだったのだが、一緒にいない時の想像力が次第に強くなる。別れる時にはそのことが辛くて、なかなか吹っ切れないことも分かっていたはずだ。しかし、また同じことを繰り返す。それがきっと男としての性なのだろう。
作品名:短編集25(過去作品) 作家名:森本晃次