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短編集25(過去作品)

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 男が女を愛することは肉体を駆使し、さらには奉仕の心を持たなければなりたたない。そこに満足感が存在さえすれば、それを下心というにはあまりにもかわいそうではないだろうか。女にも下心がある。男よりも嫉妬深く、
――愛してもらう――
 という感覚が強い女性だからこそ、余計に男性に甘えた態度を取る。
 しかし実際は男に奉仕してもらうことを中心に考えている。智美もそうだった。だが、嫉妬深く、征服欲の強いはずの女性が、奉仕してもらうことだけに満足感を得られるのか不思議に思えてきた。
――男を支配する快感――
 それを感じるには、よりたくさんの男性と知り合うことが一番だと感じるようになったのだ。
 行動範囲を広めれば男と知り合うきっかけもそれだけ増えるというものだ。いや、倍にしただけで、三倍も四倍も男性と知り合うきっかけが増えることに気付いた。たくさん男がいれば、その場の空気で自分を巡っての男同士の争いが見えてくるようになる。それだけ男が女を、女が男を意識するようになるのだ。
 智美にとって、知り合う前から男性を意識している。
――こんな男性と知り合いたい――
 と思えばうってつけの男性が現れる。役得だと思えてしまう。
 智美は男性と付き合うようになってから、自分のそばに男性がいなかったことはない。別れても次々に違う男性が現れる。男好きのする顔だからなのか、それとも男性を惹き付けるだけの十分な魅力があるからなのか、きっとどちらもないとここまではないだろうと智美自身も感じている。
 有頂天になるのも当たり前だ。一人の男性に執着を持つ必要などない、相手はいくらでもいると思っただけで、それを気持ちの余裕だと勘違いしてしまう。
 智美は、複数の男性と同時に付き合うことを厭わないタイプである。実際に最初付き合った男性の時だけ一途であったが、それから以降は、いわゆる二股を掛けるようになっていた。一人の男性だけを見つめることが恐いと思ったのが最初である。別れた時に感じる辛さを少しでも和らげたいと思う一心なのだ。
 しかし、付き合っている相手に対して智美はあくまで従順である。一人の男性の前では罪悪感などまったくなく、その人の前で、もう一人の男性を思い浮かべるなどありえなかった。尽くす態度にも変わりなく、一緒にいる男も、まさか自分以外に付き合っている男性がいるなど思いもしないはずである。
 そんな中で自分からモーションをかけた男性は沖田だけだった。それまでの智美は、
――人のものを盗らないことが自分のプライド――
 だと思ってきた。二股を掛けていても、決して自分からモーションをかけたものでも、人のものを盗ったわけでもない。相手からの一途な気持ちに打たれて付き合っている。人のものを盗らなくとも、男性は勝手に寄ってくるという自負があるからだ。
 沖田という男が、奈々子に対してどんな態度をとっているのか知りたくなった。智美の前では従順で、従順な態度の中に毅然とした雰囲気を醸し出す智美の方が立場は上かも知れない。
 奈々子という女性は、女性の間では結構リーダー的な存在なので、沖田の従順さを見ていると二人の力関係が何となく分かってくる。もし、沖田が智美と愛し合っていることを知ったら奈々子がどうなるか見てみたい気もした。
 ある日奈々子を飲みに誘った。それとなくけん制してみるのが目的だ。奈々子は智美が自分の男を意識しているなどまったく気付いていないだろう。いくら別れたからといってそんなに簡単に気持ちが覚めてしまうとは思えない。いつも二股を掛けている智美にしても、別れた男のことをすぐに忘れられるなどありえないことだった。
 別れや出会い、それは偶然でもあり必然だ。特に別れは必然のように見えるが、他の人が好きになれば、どうしても覚めてしまう。そんな人が現れるのは偶然である。奈々子の表情から見て、沖田と別れたことをそれほど寂しがっている様子はない。むしろ智美からの誘いがよほど嬉しかったのか、饒舌である。
――ずっと寂しかったのかも知れない――
 誘われて気晴らしのつもりだったが、人恋しさから本当の自分の寂しさに気付いた。声を掛けてくれたことが最高に嬉しかったに違いない。
 その日は何があったというわけでもなく、奈々子の真意が分かったわけでもない。ただ一緒に飲みにいって、少し世間話をしただけだったが、これほど楽しかったのは久しぶりな気がした。それまで智美のまわりにいたのはすべて男、女性同士で行動することなどほとんどなかった。
――私の中で奈々子の存在が大きくなってきた――
 そう感じたのは、奈々子が完全に沖田と別れた事実を知ってからだ。もちろん、沖田の存在はすっと智美の中で大きなウエイトを占めていたが、そこに奈々子が入り込んだ。
 沖田を自分の男にするまでには時間は掛からなかった。ただ、どうしても奈々子を意識するあまり、時々どんな態度を取っていいか迷うことがある。沖田の前で奈々子と同じ雰囲気を漂わせることを一番嫌った。
――私は奈々子の代役ではない――
 自分からモーションを掛けるのに、代役では話にならない。自分は尻尾を振ってついていく牝犬ではないという自負もある。奈々子に対しての意識が強いからだと自分なりに認識していた。
 奈々子と一緒に飲んでいるとすぐに睡魔が襲ってきた。いろいろ話したいこともあったが、言葉にならない。話の内容は他愛もないOL同士の会話、傍から見ていて何の違和感もないだろう。会話が途切れると静かに顔を見つめながら熱くなってくるのを感じた。酔いからくるだけのものではないよう思うが、奈々子はどうなのだろう。聞いてみたい気がしたが、まさか聞けるはずもなかった。だが、もし本気で沖田を自分のものにしてみたいと感じた時はいつかと聞かれれば、迷うことなく、奈々子と初めて飲んだ夜だと答えるだろう。智美にとって沖田とはそんな存在の男性なのだ。あくまでも、付き合い始めるまでは彼の後ろに奈々子を見ていた。
 真剣に男性を愛せなくなっていた。二股を掛けるのもそのせいだと思っていたが、実は刺激が足りないからだと感じたのが沖田と付き合いはじめてだった。
 沖田という男、従順なだけで危険で刺激的なところは何もない。奈々子と別れたとはいえ、どうやらまだ未練があるようだ。抱かれていて沖田が違う女性を抱いている気分になっていることを智美には分かっていた。
 二股を掛けていて罪悪感を感じなくなっていた智美だったが、沖田の態度には憤慨していた。自分を抱いていながら心には違う女性、プライドが許さないのだ。
「ねぇ、沖田さんはまだ奈々子のことが忘れられないの?」
 ことを終えて気だるい雰囲気の中、話しかけた。いつも甘えん坊な沖田がナルシストになる瞬間である。
「ああ、忘れられないね。君を愛し始めているのにおかしいだろう?」
 自分を愛し始めているという言葉は正直嬉しかった。
「愛し始めている」
 であって、
「愛している」
 ではないのだ。
作品名:短編集25(過去作品) 作家名:森本晃次