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師恩

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“それは……”編集長は一時言葉を失うが、意識的に首をひねってあの長い朝珠をまっすぐに見た。
“無礼者!”長い朝珠は大声で一喝すると、“本官がその方(ほう)を審問してどこが悪い!”と言う。
“罪もないのに、何を審問するというのですか?”陳天華はこの時すでに捨て身の覚悟だった!
長い朝珠の最高官僚は大声で笑い:“はははは……では本官が先ず聞くが、大清国が指名手配している重要犯人――孫文孫中山、その方との関係は?”この時、官僚の両の目は朝珠のように大きく見開かれ、まっすぐに天華をにらんだ。
陳天華は無理に平静を装い、反問する。“孫何某(なにがし)とは誰だ?私と何の関係があると?”
長い朝珠は一歩一歩追い詰める。“よろしい! どうも分かっていないようだな。 それならまた聞くが、某月某日、あの孫文がその方たちの留学生会館に潜り込み、気炎を吐いて、人心を惑わし、謀反を企てようとしたのに、その方はなぜそれを報告しなかったのだ?”
陳天華は防ぐに防ぎきれず“それは……”と口ごもる。
長い朝珠はいい気になって、“それは……なんだというのだ?学生の代表のくせに、関係ないとでも……?” 長い朝珠はもったいぶって口をとがらせたので、皆がどっと笑った。
陳天華は急場をしのごうと“では、何か証拠があるのですか?”とやり返す。
他の学生代表たちもこの機に乗じて応援した:“そうだ!証拠はどこに?”
長い朝珠が手をあげると、短い朝珠がすぐに脇の扉を開いて、二人の“遊び人風”密偵を招き入れた。陳天華は一目見て面識があると感じ、にわかに心が乱れた……
密偵の一人(甲)は、なんと流暢な北京語で“あっしはこの目で見ました。大清国の留学生会館で盛大な集会が行われたあの日、孫文が会館の正門から堂々と入って行くのを――”
もう一人の密偵(乙)はきょろきょろしながら“あっしははっきり見ました、あの日あの者が――”と、陳天華を指さして、“孫文について、にこやかに話しながら裏門からこっそり出て行った!”
“……”陳天華は無言で、顔色は紅潮から蒼白へと変わった。
“でたらめだ!あの日のそれはこの私だ――” 学生代表の一人がわが身の危険を顧みず叫ぶと、“私だ!”?私だ!”?私だ!”と学生代表たちが大声で騒ぎだした。長い朝珠は得意満面で、机をたたいて:?無礼者!本官にはもとより道理があるのだ。大清国政府の外交ルートは四方八方に通じ、確固たる証拠があり、罪がある者は、逃げようなどと思うな! ふふん、一人も逃がさないぞ!”
陳天華は天を仰いて嘆く。?ああ、天よ―― いわれなき罪が逃れられないとは、公理はいったいどこにあるのだ?”
長い朝珠は自信たっぷりで?はは!公理はここにあるのだ。何も遠くへ探しに行くことはないだろう? 規律さえ守っていれば、何も嘆くことはない!”?はははは……” 清国の官僚たちは互いに目配せしながら、いつまでも笑っている。
“行こう!”陳天華は矢で胸を撃ち抜かれたような心持で、袖を払って席を離れた、ぴったり後に続く学生代表たちも全員、憤りに息を弾ませ、憤怒の形相だ!

(十七)

寒風が音を立てて吹きすさび、落葉が天を覆っている。
東京留学生会館。人々が忙しく行き来している。
こじんまりした会議室。秋瑾と周兄弟らが顔を寄せ合って小声で話している。
?どうやら「留学生取締規則」は相当な勢いで迫っている。私たちはその切っ先を避け、後退を前進の手段としたほうがよさそうですね……” 秋瑾が深く考え込んで言う。
?秋さん、後退を前進の手段にするとおっしゃるからには、何かお考えがおありなんでしょうね?”と周作人は待ちきれず探りを入れる。
?その真意とは、後退を前進の手段とするとは、つまり「その人のやり方で、その人に仕返しする」!”周樹人が火を見るより明らかだとばかりに言い当てる。
秋瑾は大いに喜んで:?はは! さすがは周兄弟、一言で私の本意を言い当ててくださった。――私の考えでは、この取締の風潮に乗じて、いっそのこと留学生全員帰国してしまうのです。一つには取り締まりの対象を失わせ、竹の籠で水を汲むような状態にするのです。二つには留学生の声なき抗議を通して団結の力を示すのです!お二人はどう思われますか?”
“うむ……そうすれば もぬけの殻となり、誰も口をつぐんでしまえば、当局にとっても打撃にはなります。しかしながら、それはまた敵を千人殺すために味方を八百失うのに似て、留学生が皆なすすべもなく帰国してしまったら、学業が中断され、荒廃につながります。そうなったら、どうして祖国に報いることができましょうか?ああ――”周樹人は思わずこう嘆いた。
?うーん?!”秋瑾は太い眉をしかめる。“……他の人の身になって考えれば、一時的な喜びを求めてはならない。しかし正面切って対立するなら、当局の暴挙を許してはいけない!”
?そのとおりだ!しかし、どうすれば両立できるだろうか?”周作人は考えあぐねる。

外が騒がしくなったと思うと、陳天華たちが力なくうなだれて留学生会館に帰って来て、直接会議室へ入ってき来た。
秋瑾と周樹人は彼らの表情を一目見ると、急いで飲み水を手渡し、席を進めてねぎらった。
?何たる屈辱!何たる屈辱……” 陳天華は一気に一杯の水を飲み干すと、怒りが収まらない様子で:?ああ!清の官僚たちは中国の同胞を蹂躙するだけでは飽き足らず、ここ海外までやって来て数多くの学生まで圧迫するとは……この悔しさ、やりきれない!”と言う。そばにいる学生たちも、しきりにため息をついては、大声で叫んだりしている。
秋瑾は慰めなだめるように:?皆さん大変でしたね!胸につまった悔しい思い、吐きだせば少しはいいでしょう……”
?どこに吐き出せばいいのか? 吐き出してどうなる?”陳天華はやるせない表情だ。
?同胞の皆さん!悔しい思いは吐き出さなければなりません――” 秋瑾は足元の椅子に上り、皆に向い、決然と言う。?しかも、行動で吐き出すのです!――我々留学生は全員帰国し、当局がどう取締るか見ようではありませんか?”
?いいぞ!いいぞ!いい考えだ……” 皆興奮して、周囲から拍手が沸き起こる。
陳天華は突然奮い立って、一歩前に踏み出し、大きな声で訴える。?同胞の皆さん! 秋女仁侠が僕の気持ちを代弁してくれて、や
っと心がすっきりした……当局がどうしても留学生を取締ろうと
いうなら、我々留学生はいっそのことこぞって帰国し、奴らがそれ
でも何を取締るか見てやろうではないか? みんな、そうじゃない
か?”
?そうだ――!”
?我々皆帰国しようではないか?”
?いいぞ――!”
この時、窓際に立っていた周樹人と周作人は互いに顔を見合わせ、わずかに首を横に振った。
?待ってくれ!少し待ってくれ――”遠くにいた少し年かさの留学生が声をあげた。厚いレンズの眼鏡をかけたこの学生は、両手で盛り上がった学生帽を整えながら、おどおどして言う。?私の意見を、言ってもいいですか?”
作品名:師恩 作家名:芹川維忠