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短編集23(過去作品)

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封印


                  封印

 私は最近、よく自分の性格を分析する。
 いろいろなことがあったわけではないが、絶えず何かを頭の中で考えている癖がついている私の最近考えることが、自分のことなのだ。
 今までなぜ自分のことを考えたりしなかったか?
 その答えは、自分の性格くらい自分で熟知していると思っていたからである。
 私こと森口学が、自分の性格を熟知していると思い込んでいたのは、よく友達から相談を受けるからである。
――私は、人から相談されたことに対し、キチンと理解し、的確なアドバイスを送ることができる人間なんだ――
 と思っていた。今もそのつもりでいるし、相談してくる人も少なくはない。
「森口さんに話すと落ち着くの」
 そういって話をしてくれる人がいた。きっと皆気持ちは同じだと思っている。
 聞き上手なのは間違いないだろう。話して落ち着くということは、まず聞いてもらうことが前提の悩み相談である、そこから始まるのだ。
 私への悩み相談は、なぜか女性が多い。
――もてているんだ――
 と思い込んでしまっていた時期もあった。女性から相談を受けるということは、それだけ女性の気持ちを分かっていると、女性の方が考えているということで、そこから生まれる話しやすさから、私に好意を抱いてくれる人も現われるのではないかと感じていた。
 しかし、さすがにそれは甘い考えだった。
――この人は自分の好み――
 と感じて親身になって相談に乗ってあげる。恋愛相談で、幸か不幸か別れることになると、また私はさらに彼女に陶酔する。しばらく経って、彼女の気持ちやほとぼりが冷めてきた頃に、自分の気持ちを告白すると、
「森口さんは、まるでお兄さんのような存在なんです。いつも頼りにしていたいし、ずっと相談相手でいてほしいんです。ここで恋愛関係になってしまって、もし別れることがあるとすると、そのまま気まずくなっちゃうでしょ? それが嫌なんです。年寄りになってもお茶呑み友達でずっといたい相手なんですよ」
 と言われてしまっては、言い返すことはできない。
 また、最近はそうでもなくなったが、以前は女性と知り合う機会が多かった。別に呑み会などに多く参加するわけではなかったが、男友達のさらに友達ということで知り合う女性が多かったのである。
 友達は結構女性関係に幅広いものがあったので、ほとんどが軽めの女性だったのだが、その中でも私好みの女性も何人かいた。
「森口さんは話しやすいわ」
 そう言って付き合い始めることもあった。第一印象は抜群らしい。それは男友達からも指摘されたことがあった。
「お前はいいよなぁ。知り合おうと思えばいつでも知り合える」
「そんなことないさ」
「いや、当たり障りのないところがいいんだろうな。変な癖もないしな」
 当たらずとも遠からじといったところだろうか。確かに私は癖がないような気がする。自分でも優しいと思っているし、何よりも相手に話しやすい環境を作ってあげることを心掛けている。それが聞き上手たるゆえんなのだろう。
 そんなこんなで知り合った女性の中に、中原泰代がいた。彼女は最初に出会った時は静かだったのだが、初めて二人だけで会った時から、自分のことを話し始めた。
 どこまでが本当のことだったのだろう? 聞いていていつもの聞き上手と違っていた気がする。相手の話に感情や贔屓目を入れずに聞くことが、何といっても聞き上手の真骨頂ではないだろうか。冷静に聞いているつもりでも、話の中に入っていったのは、話が突飛だったからなのか、泰代の独特な雰囲気からなのか、自分でも分からなかった。きっとどちらもだったのだろう。
 今、その話を思い出そうとしている。しかし、なかなか思い出せないのは、現状の環境のせいなのかも知れない。

 私は以前からマナーを守らない連中を毛嫌いする風潮があった。電車の中での携帯電話の使用、くわえタバコからそのタバコのポイ捨て、違法駐車など、世の中にはマナーを守らない輩がこれほど多いとは、ウンザリするくらいである。
 警察も、電車の中での車掌も取り締まろうとはしない。何しろ逆ギレされてナイフでも突き立てられたらたまらない。いくら警察官や車掌といっても自分の身が可愛いのだ。私はそんな連中にも腹を立てている。
 いつもいつも腹を立てていては自分がきついだけだ。分かっているのだが、変な正義感みたいなものがあるのか黙っていると却って精神的に悪い。
 もう一つの理由として、例えばタバコにしても一部の不心得者のために、喫煙者すべての人が白い目で見られるような気がするからである。別に喫煙者を弁護するわけではないが、キチンとマナーを守って喫煙している人まで白い目で見てしまう人はきっといるだろう。喫煙者にとってもいいことではないはずだ。マナーを守らないものに対しての怒りは我々禁煙者よりも喫煙者の方が強いかも知れない。
 私は善人ではない。ただ、世の中の不合理が許せないだけだ。
 善人が得をするような世の中ではない。これは歴史的にも今に始まったことではないが、まるで、
――要領のいい者だけが得をする――
 そんな世の中に見えて仕方がない。しかし、だからといって皆が皆自分のことだけを主張していればうまく機能するものも機能しない。
――世の中、皆それぞれ自分の役目を持っているのだ――
 と考えれば、きっとうまく機能するのだろう。
 だが、本当にうまく機能しているのだろうか?
 我が我がと思っている人が多いことで世の中、不正や理不尽なことが多い。それを黙って見逃すことができない私もきっとわがままなのだろう。
――黙っていることができない――
 というわがままなのである。
 それでも最近は、正直者がバカをみる時代である。下手に注意をして逆ギレされて殺されたなどというニュースは毎日のようにどこかで聞く。さすがに私も命は惜しい。そうなれば何とか自分の精神状態を落ち着けさせる手を考えなければならないのだ。
 考えられることとしては、
――落ち着けるように気持ちに余裕を持つこと――
 だった。他のことで気を紛らわせるのが一番なのだろうが、これといって趣味があるわけではない私に、それは難しかった。
 ただ、私は学生時代から落ち着きたい時には、喫茶店に行って本を読むようにしていた。本を読むことで自分の世界を作ることができ、時間を忘れることができる。気分転換にまわりの人たちの行動を観察するのも本を読んで想像力が豊かになっていることで、そう難しいことではない。しかも、コーヒーの香りは魔力のように鼻腔をくすぐり、想像力をさらに豊かにしてくれる。脳の働きが活発化するのだろう。
 そんなことを感じている時だった。私は喫茶「ユニーク」に立ち寄ったのだ。
 学生街に営業で立ち寄ったことがあった。自分の通っていた大学は少し田舎の方にあるので、「学生の街」という雰囲気のところではなく、喫茶店もドライブインのようなところが多かった。そんな中で最近営業でよく立ち寄るM駅界隈は、私にとって新鮮なところであった。
作品名:短編集23(過去作品) 作家名:森本晃次