短編集23(過去作品)
そんな母親の雰囲気をすぐに感じることのできる女性、それが恭子である。きっと本当の愛があるとすれば、ここなのかも知れない。
潮の満ち干きに似ているような気がする。力強いところに惹かれる思い、包まれたいと思う感情、違うだろうか?
自然の力とは実に不思議なもので、その潮の満ち干きにしても、月の引力が関係しているということである。考えてみれば不思議な現象も、さらにその大きな環境に照らしてみれば、案外意外なところで大自然が影響しているのかも知れないと感じる。この出会いがそんな営みによるものだということを信じて疑わない自分がいた……。
火曜日が来るのが楽しみだ。
今日も恭子が私を待っていてくれる。いつも会うのは火曜日で、お互いにどちらが言い出したわけでもないのだが、暗黙の了解となっている。
そういえば、この間、亡くなった母親の墓参りに行ってきた。最後、
「寂しくなるわ」
といって送り出してくれたのが、最後の別れとなってしまった。
しばらくは親孝行できずにいた自分を責めたが、今はそんなこともない。喫茶「ノアール」での恭子との出会いがそれを忘れさせてくれた。
佐緒里と別れた次の日に聞かされた母が亡くなったという知らせ、別れたことを呪った時期もあった、すべてが運命であるのかも知れない。
今日も駅からはじき出されるようにして表に出ると、窓際のいつもの席で待ってくれている恭子の姿を見て思わず笑みが零れる。急いで向うと満面の笑みで恭子が迎えてくれるであろう。
席に座ってコーヒーを注文すると、ほとんど会話もなく、じっと恭子を見つめている。顔には満面の笑み、お互いにそれで気持ちが通じ合っているような気がしていた。恭子の気持ちは語らずとも分かる気がしていた。
「あのお客さん、ほら、火曜日になるといつも同じ窓際に座っているお客さん。今日も一人でニコニコ笑って気持ち悪いわね。前を向いてまるで誰かに話しかけているみたい」
と一人のウエイトレスが言うと、
「でも、その前に常連だった女性も気持ち悪かったわよ。いつも男性の写真を机の上に置いていてね。まったくあの男の人と行動パターンが一緒なんですもの。しかも男の人と対面になっているのも気持ち悪いわ」
こんな話が私の知らないところで行われていることを、私はもちろん知る由もなかった……。
( 完 )
作品名:短編集23(過去作品) 作家名:森本晃次