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⑤全能神ゼウスの神

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けれどすぐに瞼の裏が、暗闇を感じた。

恐る恐る目を開けると、室内は元の暗闇に戻り、もうリカもヘラ様もいなかった。

「リカ…。」

(ついていきたかった…。)

置いていかれたことの寂しさより、戸惑うばかりで何もできなかったことが悔やまれる。

「やっぱまだ始末できてなかったか…。」

私にだけ聞き取れる声で、ぼそりとサタン様が呟いた。

「魔物になったとはいえ、元は大事にしてきたオンナだもんなー…。」

その言葉に、ズキッと胸が痛む。

「腹違いの姉さんとは言ってたけど、とてもそんな関係には見えないしさー。」

(…たしかに…。)

以前、リカはヘラ様にも他の女性にも恋愛感情を持ったことがない、恋愛感情がわからないと言っていた。

けれど、リカ自身が自覚していないだけで、やはりそこに特別な感情があるのではないかと思う。

それならば尚更、リカの傍にいたい。

神界や魔道界にとって、排除すべき存在になってしまったヘラ様。

『あんな魔物は消し去らなければならない。』

そう言っていたリカ。

ゼウスを凌ぐ力を持つリカなら、簡単にできるはず。

(だけど…できないんだよね。)

責任と愛情の狭間にひとり苦しむリカを、支えたい。

けれど、ヘラ様のことを思うと、私はリカの傍にいてはいけない。

『ほら。めいはサタンの元に戻っただろう?だから帰ろ。』

『事が済んでも私が迎えに来ない時は、サタンの思うようにしてくれていい。』

(きっと、リカはもう迎えに来ない。)

リカは、魔物になったけれど…ヘラ様を選んだのだ。

(何を私は期待してたんだろう…。)

(そんなこと、わかってたじゃない。)

それでも、やはりリカを想う気持ちは増すばかり。

「めい。」

キラッと光が目に入り、うつむいていた顔を上げる。

すると、目の前に陽がいて、私の頬にそっと触れていた。

(私、いつの間に泣いて…。)

陽は私の頬の涙を指で拭いながら、やわらかに微笑む。

「帰っておいでよ。」

久しぶりに見るその穏やかな表情に、打算や悪意は感じられない。

「…最初は、ゼウスになりたくて…そのためにめいの力が欲しくて画策したのは事実。」

陽は私から手を離すと、頭を下げた。

「ほんとに、色々ひどいことやってしまって…ごめん。」

(…陽。)

「けど…めいが還ってからも、こっちに戻って来てからも、キミの心が離れたことを自覚するたびに想いが募って…いつの間にか本当にキミを愛してたことに気づいたんだ。」

陽は金色の瞳で、真っ直ぐに私を見つめる。

「今度こそ、大事にする。だから、僕の傍にいてほしい。」

とくとくと鼓動が早まり始めた時、ふと視線を感じてそちらをふり返った。

すると、赤い瞳が鋭くこちらを射貫く。

金色と赤い瞳に挟まれて、私は落ち着かなくなり、視線をさ迷わせた。

(…こんなんじゃ、私ダメだ。)

意を決して、私はサタン様をふり返る。

「…。」

サタン様は何も言わず、いつになく真剣な表情で私を見つめ返した。

私の意思を、決断を待っているのだと感じ、私は口を引き結ぶと陽に向き直る。

「陽。」

私が名前を呼ぶと、陽が懇願するように見つめてきた。

「その言葉は、嬉しい。…けど、どうしても私はあなたを信じられないし、許せない。」

きっぱりと告げると、陽が苦しげに表情を歪ませながら唇を噛む。

「それに、私はリカが好き。」

顔をうつむかせる陽に、しっかりと自分の気持ちを伝えようと、私は拳を握りしめた。

「この想いが叶わなくても、私はリカの力になりたいし傍にいたい。」

少し震える声で告げると、陽はうつむいたまま小さく頷く。

「…そか。」

消え入るような声で陽は呟いて、ゆっくりと顔を上げた。

「イヴ。」

サタン様を真っ直ぐに見つめて、その名前を呼ぶ。

サタン様はそんな陽に視線を返すと、大きく頷いた。

「行こっか。」

サタン様がやわらかな笑顔を浮かべ、私の前に立つ。

私は頷きながら、もう一度陽を見た。

けれど陽は、こちらに背を向けて地球のほうに体を向ける。

私は陽の背に小さく頭を下げると、サタン様と並んでプロビデンスの間を後にした。
作品名:⑤全能神ゼウスの神 作家名:しずか