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炬善(ごぜん)
炬善(ごぜん)
novelistID. 41661
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黄泉明りの落し子 三人の愚者【前編】

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 ニコールとルヴェンは、呆けたように眉を寄せた。
 この時だけ、彼らは始めて、互いに顔を見合わせたが――ニコールはすぐに顔をそらし、老人を睨む。
「……何いってやがる」
「なーに、言葉通りの意味よ」
 ヌーマスの態度は変わらない。
「あんたらは何故この森に来たか。そう聞いても、やはりハイそうですかと答えそうもねえしなあ」
「わけがわからねえことを――」
 ルヴェンが口を切ったのは、その時だった。
「私は……」
 ニコールの眼光が、ヌーマスの顔が、この場違いな神父へ向けられる。
「贖罪の機会を求めます」
 初めの言葉は恐る恐る。しかし、次の言葉は、はっきりと
「私は許しがたい罪を犯してしまった。やり直すことは叶いませんが……その罪に、一つのけじめをつけたいと。そう願います」

 ニコールと――今度はヌーマスが、一瞬沈黙した。
 クックック……と、ヌーマスの笑みが、その口から漏れた。
「どうもキナくせえ話だが……いいじゃねえか。悪かぁねえ」

 ルヴェンは、気まずそうに、焚き火へと目を逸らした。
 まるで、何かを後ろめたがるかのように。
「ルヴェン、だったなァ。よく素直に話す気になったもんじゃねえか」
「思ったのです、ヌーマスさん。我々のこの出会いは……神の思し召しかもしれないと……話さないことは、私にとって、決して正しい選択ではないのではないかと」

「おい、ルヴェンさんよ」
 ニコールが口を挟む。
「いちいち神を語るんじゃねえ。耳障りなんだよ」
 ルヴェンは、その言葉に、酷く傷ついたように思われた。
 彼は、俯いた。
「……確かに」
 唇をかみ締め、呟く。
「そう……ニコールさんのおっしゃるとおりです。なるほど私には、もはや神の名を語る資格はないのかもしれません。わかっています……そう……まさにその通りなのです」

 そのまま押し黙った神父を、ニコールはじっと見据えた。
 しばらくしてようやく、その視線をそらした。
「……わかったんなら、そうしてろ」

「神だのなんだの、俺にゃあどうでもいい話だがよ」
 ヌーマスが横槍を入れる。
「で、ニコール坊。そういうあんたの欲しいもんは何だ?」
「あ?」
「こんな若造すら贖罪だの大層なもんを欲しがるんだ。いかにも真逆のあんたは、果たして何が欲しいのか気になってしょうがねえ」

「…………」
「金か?」
 笑み、問いかける。前歯の数本かけた歯並びが覗く。
「それとも女か?」
「先にてめえから答えろ」
 低い声で、粗暴者は言う。
「……さっきからてめえは一方的に聞いてしゃべってるばっかで、お前は自分のことを語りもしねえ」
「ククク……それもそうだな。いいぜ」

 ヌーマスは、ゆっくりと、言葉を継いだ。
「光だ」
 その声に、神父と粗暴者は顔を上げた。
 この男の、さもあらゆる物事を理解しているかのような、余裕綽々たる態度。それに加えた得体の知れなさ。
 一切が、その声にはなかった。

「……光……ですか?」
「ああ」
 片目の男は答えた。
「俺が欲しいとすんなら、そいつだ」
「ハッ……目がロクに見えねえことをカッコつけてるって話かよ」
「さあねえ」
 再び、クククク……という声がその口から漏れた。
 しかし、それはすぐに止んだ。
「そうとも言える。だが俺ァかつて一度だけ、光を手に入れた」
 ルヴェンはもちろん、ニコールですら、続けられたその言葉に傾聴した。
「……そのはずだった。だが俺はそいつを失った。奪われたのさ」
 その声が低さを増す。
 焔によって暖められていたはずの空気が、凍り付いていく。
「俺ァ……そいつを奪った輩を、許すつもりはねえ。毛頭な」
 誰も、何も言わなかった。

 盲人の体が、火に照らされている。
 衣服からのぞく腕は細かったが――二人はようやく気づいた――それは、決して華奢なものではなかった。
 彼の両腕の細さは、衰えによるものではない。限界まで鍛え上げ、一切の無駄を無くした筋肉ゆえの細さだったのだ。
 ニコールはその腕を警戒するかのように凝視し、ルヴェンは戦慄を禁じ得なかった。

「あとはお前だけだぜ」
 しばらく経って、ニコールに話を振る。声の調子は戻っていた。

 ニコールは一瞬、言葉を失った。
 だが、粗暴な彼は苛立たしげに語気を強め、眉を寄せる。

「酒だけだ」
 灯りの到達していない木陰を眺めながら、低い声で答える。
「あとはこんな世界、どうにでもなっちまえばいい」

「……ああ、そうかい」
 クククッと笑う。
 ルヴェンは一瞬身震いした。
 ヌーマスの笑い声に、今までにない、不気味さを覚えたのだ。
「まあいいさ……」
 二人に背を向けるようにして、老人は荷物を枕にその場に横になった。地面の上で寝るのも慣れっこだといわんばかりに。
「俺ァもう寝るぜ」
 焚き火に背を向けながら語る。

「あんたらも、こんな森の闇を一人でうろつこうなんて考えるほど馬鹿じゃあねえはずだ……明日の朝になったら、全員勝手に解散すりゃあいい。ああ……念のため言っとくが、誰も寝首をかこうなんざ考えるんじゃねえぞ。ニコール坊、あんたに言ってるんだが」
「るせえ」
 ニコールは即答すると、焚き火から離れるように歩き出した。
 彼らから十歩も離れた場所の木の陰を寝床とした。
「火を消せ、ルヴェン」

 陰から響いた粗暴者の声に、神父はおずおずと動き出す。

 やがて焚き火の炎が消された。まもなく最後の一人が横になる音が、暗闇に響いた。