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炬善(ごぜん)
炬善(ごぜん)
novelistID. 41661
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黄泉明りの落し子 三人の愚者【前編】

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 遥か彼方の過去のように思えた。
 決して、遠い日のことではなかったはずなのに。

 コマ送りのようにその光景は揺らぎ、動いていく。
 見覚えのある世界はしかし、あらゆる白と黒の色彩が、光を帯びていた。
 そしてまるで目を擦った後のように、淡く映っていた。

 ニコールは、自身が屋内にいることを認識する。
 木製のあばら家。長く留まっていたわけではないが、心当たりのある場所。
 
 目の前で、一人の女性がうな垂れていた。
 同じく――見知った輪郭の女性。

 膝を付き、両手で顔を覆っている。泣いていた。
 白い肌が、移ろう光景の闇の中で淡く光っている。
 乱れた長髪がだらりと垂れ、その面と両手を覆い隠している。
 惨めで、哀れな――暴力に怯えた姿。


 誰が殴った?
 誰が?
 視線は、広げられた、自身の掌へ向けられた。
 右手を裏返す。手の甲に、薄い血痕がへばり付いていた。

 誰が殴った?
 見ればわかるだろ。
 俺だ。
 
 俺が。俺が。

 俺が。


 視線を前方に戻す。
 ニコールの全身が総毛だった。
 彼は絶句した。

 目の前の景色が、変わっていた。
 床に散らばる麻薬。
 首を吊った女。


 俺自身が殴りつけたその女。
 俺自身が知る女。
 俺自信が殺した女――!

 ニコールは、絶叫した。
 その意識は唐突に闇に落ちた。撲殺されたかのように。







 …………








 光が訪れた。

 曇天から顔を出す日光のように、ゆるやかで、静かで、しかしながら確かな光――全てがそれに染まっていく。
 部屋の景色も、女性の姿も、全てが色彩を――続いて輪郭を失い、消えていく。

 鎖のぶつかり合う音。
 大気を揺らす、低い唸り声。 

 光の中から、新たな影が形作られていく。

 熊のように巨大なケモノ。
 それに跨る――妖艶なる少女。

 金色の髪の間から、少女の面が、見えた気がした。
 その表情は、白い空の下の、風のない湖畔を思わせた。
 哀れみもない。悲しみもない。怒りもない。
 透き通った灰色の眼。
 静穏なる眼差し。

 ニコールはその姿を凝視した。
 自分が感じているものは何であっただろう。
 歓喜? 絶望? 虚無? 憧憬? 色欲? 禁忌? 恐怖?
 ――わからなかった。
 ただ、包まれるような感覚がした。その身を預けてしまいたいと思わせられた。



 彼は、その声を聞いた。
 鼓膜の震えが捉える声ではない。
 内側からこみ上げるような、この世のものならざる囁き――。





 ――あなたは何が欲しいの?