黄泉明りの落し子 三人の愚者【前編】
沈黙が続く。
ヌーマスは、ルヴェンが差し出したパンを頬張り、行儀悪く咀嚼していた。自分でも食料を持っていると言っていたが、傍らに置いた布袋から取り出す気配はない。
ニコールは、焚き火を睨みつけていた。時に何かに怒り、時に何かに怯えるように、しばしば目を大きく見開き、拳を握り締めた。
ルヴェンだけが、気まずそうな表情を浮かべ、身を縮ませていた。彼はこの三人の中で、明らかに場違いな存在だった――少なくとも、そう見えた。
「そんでだ」
ヌーマスが口を切った。相変わらずの飄々とした笑みが、焚き火に照らされ闇の中に浮かんでいた。
「あんたらは何だってこんな森の中に?」
「むしろ俺が聞きたいもんだな」
ニコールがヌーマスを横目で睨む。
「目もロクに見えないクセに、なにやってるんだかよ」
「その点は同意します」
ルヴェンがおずおずと言うが、
「おい神父野郎……本来ならてめえが一番気になるところだぜ」
ニコールの敵意が向けられ、押し黙った。
ヌーマスのクククッというしゃがれた笑い声が、ほのかに響いた。
「お前ら」老人は言う。「まさか、この森の噂も知らねぇでこの森に来たのか?」
ルヴェンとニコールは、最初質問の意味すら分からず、回答に間が開いた。
「森の噂だと?」
「……それは一体?」
「ホンットに後ろ暗い奴らじゃねえか……お前ら」
手玉に取るかのように、片目の老人は続ける。
「この西の森にいるっていう……でけえケモノ。それから、そいつに跨ってるっていう女の話さ」
「ケモノに跨る女……ですか?」
「わけのわからねえ話だ」
「まあ聞けよ。そのケモノは、どうもただの動物じゃあねえって話だ……そいつにゃあでっけえ賞金が掛けられててな……熊のようにでけえ体つきに、虎なんざ一ひねりのすんげえ馬鹿力だって話だ」
「で、女は?」
「胸にでっけえ傷のある、たいそうそそる女だって噂だ……」
「そういうことを聞いてんじゃねえ」
ルヴェンは苛立たしげに言う。
「そいつは、なんなんだって話だ。なんでそんな大層な賞金首の話に、そんな女の話が猿の糞みたいに引っ付いてやがるんだ」
「落ち着けや」
ヌーマスは続ける。
「ある意味で最も問題になってるのが、その女の話だってことだ。その女は、そんじょそこらのアバズレじゃあねえ。まだ青くせえが、非の打ち所のねえ……この世のものとは思えねえべっぴんさんだってことだ」
「しつけえな」ニコールは苛立ちに声を荒げる。「俺はそういうことを――」
「ただな」
ヌーマスは笑みを浮かべ、制するように、言う。
「そいつに見初められた奴ぁ、み~んな、二度とこの森から戻ってこねえって話よ……」
それまでヌーマスの一言一言に口を挟んでいたニコールが、押し黙った。
ルヴェンの面持ちにも緊張が浮かぶ。
「そいつは奇妙な光に包まれながら姿を現す」
ヌーマスの声が、燃え続ける薪の小さな音にまじり、空気を揺らす。
「そんで、笑ってもねえ、悲しんでもねえ……そりゃあそりゃあ透き通った瞳で、何度も何度も問いかけるんだとよ。『あなたは何が欲しいの?』……ってな」
ニコールもルヴェンも、何も答えなかった。
「俺にはわかんのさ」老人は続ける。「この森はなァ……もはやこの世の気配じゃあねえんだよ。森の奥深くへ足を踏み入れていく……そン中で、いつの間にか俺たちは迷い込んでるわけだ。同じ大地にしっかり足をつけているつもりだろうが、実際にそうだろうが、俺らはもう入りこんじまってるのさ。奴らの領域にな」
再び沈黙が降りた。重い空気を、焚き火の不規則な音色が下からじわじわと焦がしていく。
ニコールは、この老人と、神父を交互にゆっくりと睨んだ。ルヴェンは両肘を両膝に乗せ、組み合わせた両の手を口元に当てながら、悩ましげに焚き火を見つめていた。ヌーマスは相変わらず、不適な笑みを口元に浮かべていた。
「一つ聞きてえ」
ヌーマスが口を切った。
「お前らは何が欲しいってんだ?」
作品名:黄泉明りの落し子 三人の愚者【前編】 作家名:炬善(ごぜん)