黄泉明りの落し子 三人の愚者【前編】
その男は進む。進むたびに、枝葉や草花が乾いた囁き声を上げる。そのたびに、森の空気が小刻みに揺れていく。
「なんてこった……」
男はぼやいた。その小さな声が、木々の合間に虚しく響いて消えた。
その容姿は大食漢の狼を思わせた。角ばった鼻と顎。鋭い大きな目は、らんらんと怪しい光を放ち、狂気じみていた。それでいて、ひどく疲れているように見えた。
餓えのためだろうか――骨ばってはいたが、大柄で筋肉質な体を、ぼろぼろの衣服が覆い隠していた。その姿は乞食か、世捨て人を思わせた。全身の肌は青ざめ、病的だった。
「ああ……なんてこった」
再びぼやく。
男は立ち止まり、肩にかけていた鞄をあさった。
酒瓶の口が頭をもたげたが、しわくちゃになった鞄の皮に引っかかり、うまく取り出せないらしい。
「くそっ……くそっ!」
男は喚く。体を乱暴に震わせ、鶏の首根っこを引きちぎるかのように、無理やり瓶を引っ張り出した。酒瓶の中味がちゃぷんと音を立てる。既に残り多くはない。
瓶を引き出しったその瞬間、それにつられるように複数の何かがぽろぽろと地面に零れ落ちた。鞄の底にあった、丸々と太った毛虫じみた大きな葉巻。麻薬。
彼はコルクを一目散にひっこぬくと、一気にあおった。
二度、三度と喉を鳴らし、五度目で瓶から口を離す。
荒い息遣い。少しずつ呼吸を整えていく。男の目から、狂気の輝きが薄れ、理性の光が宿っていった。しかしその様相は、それでもなお陰惨であった。
「――くそっ」
歯軋りしながら呟いた。ひどく後悔するかのように。
直後に、彼はようやく自分の足元の落し物に気づいた。
一瞬、ためらい――しかしすぐに屈むと、地面に落ちた葉巻たちを鷲掴みにし、鞄の奥に放り投げ始めた。
彼は立ち上がろうと手をついたが、その瞬間、大きなため息が漏れた。
男は明らかに消耗しきっていた。立ち上がることも難儀らしい。眉を寄せ、俯いたまま、深い呼吸を果てしなく繰り返し続けていた。
「大丈夫ですか?」
若々しい声が響いたのは、その時だった。
作品名:黄泉明りの落し子 三人の愚者【前編】 作家名:炬善(ごぜん)