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月とコンビニ
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オクターブ!‐知らない君に恋をした‐

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絢斗「泣いてねぇし」
奏手「で、どうよ。白凪さんとは」
絢斗「恋愛ってしたときないけど、一緒にいて楽しい」
奏手「彼女は?」
絢斗「めっちゃ笑ってる」
奏手「へぇ、めずらしい」
絢斗「なんていうか、お互い何でもかんでも話せてる感じ?」
奏手「手ごたえありなんだ?」
絢斗「いや、手ごたえだなんて、あの、よくわかんないけど」
奏手「うぶなやつだなー」
絢斗「くっそー、こいつー」
奏手「ふふっ」
絢斗「あのさ、奏手。オクターブって何か知ってる?」
奏手「オクターブ?」
絢斗「そう、オクターブ」
奏手「オクターブってあれでしょ? ドレミファソラシドーのドーでしょ?」
絢斗「ん?」
奏手「ひとまわり高い音や低い音を1オクターブ高いとか、1オクターブ低いとか言うんじゃなかったっけ」
絢斗「ああ、なるほど」
奏手「いきなりどうしたの?」
絢斗「いや、白凪さんとの会話の中ででてきてさ」
奏手「ほう」
絢斗「昔、友だちに教えてもらったらしいんだけど、どんな意味だったのかなって」
奏手「はーん、絢斗って、ほんと白凪さんのことが好きなんだね」
絢斗「は!?」
奏手「熟女と同じくらい好きなんだ」
絢斗「って、なんでそれ知ってんの!?」
奏手「だって、遊が」
絢斗「遊ーっ、あいつーっ!」
奏手「将来が楽しみだね」
絢斗「いや、違うから。先行投資しているわけじゃないから」
奏手「先行投資だったんだ!?」
絢斗「いや、違うって!?」
奏手「でも、いいと思う、うん」
絢斗「何がっ!?」
奏手「だって絢斗、真剣な顔でオクターブのはなしするんだもん」
絢斗「え?」
奏手「久しぶりに見た。中学の部活以来」
絢斗「…」
奏手「思えば、ずっと宙ぶらりんだったんだもんね」
絢斗「ああ」
奏手「頑張れ、頑張れ頑張れ!」
絢斗「…」
奏手「…」
絢斗「…ありがとう」
奏手「絢斗」
絢斗「俺、白凪さんが好きだ」
奏手「うん」
絢斗「頑張るよ」
奏手「おう」
 分岐点。歩き出す絢斗を見つめる奏手。しばしの沈黙。
奏手「…しゅーと」
 力なく小石を蹴ると、昼寝をしていた猫にあたる。奏手、顔が完全に死んでいる。
「ギニャアアア!」
 奏手の方を向き、威嚇する猫。跳びかかってきたその猫を、こともなく蹴り飛ばす奏手。
猫は、ぐにゃっといってコンクリートに落ちる。奏手も見ずに逃げてゆく。
奏手「…思い出なんて、所詮こんなものだよ」

 奏手は、向きを変え帰っていく。自らの思い出を踏み潰しながら。



 放課後の音楽室。白凪がピアノの前に立って、「猫踏んじゃった」を弾いている。

白凪「おかえり、覗き魔さん」
 絢斗、いそいそと音楽室へと入ってくる。
絢斗「なぁんだ、ばれてたか」
白凪「最初っからそうだけど、へたくそなんだよ」
絢斗「ちぇっ」
白凪「ただいまは?」
絢斗「…ただいま、性格悪い人」
白凪「中間考査はどうだった?」
絢斗「もう、全然」
白凪「あらら」
絢斗「授業中に寝てたら駄目だよ」
白凪「それは、黒瀬くんだけでしょ」
絢斗「いやいや、遊も結構意識とんでるから」
白凪「あら、噂の弦井くんも?」
絢斗「そう、ひとには言うくせに自分もだからね! この前のみっちゃんの現文なんて、俺と一緒に二人で立たされたから!」
白凪「え、みっちゃんに? …いいなぁ。仲が良いんだ?」
絢斗「そうなんだー」
白凪「乙無さんはまじめだけどなぁー」
絢斗「奏手は授業だけはまじめなんだよ」
白凪「授業以外もまじめそうだけど」
絢斗「外面が良いのさ!」
白凪「そんな元気はつらつと言わなくても…」
絢斗「白凪さんは、どうだった?」
白凪「中間考査?」
絢斗「うん」
白凪「悪くはなかったかなぁー」
絢斗「凄いなぁ」
白凪「勉強しろって言われたからね」
絢斗「へぇ、結構厳しいんだ?」
白凪「そう」
絢斗「…」
白凪「へへっ」
絢斗「大変だねぇ」
白凪「弾く?」
絢斗「ううん、聞かせて」
白凪「わかった」
 白凪、「猫踏んじゃった」を弾く。絢斗、窓を開ける。夏風の通る。
絢斗「もう、梅雨もあけたかな」
白凪「はじめて会ったときは雨が降ってた」
絢斗「いや、あれは二回目でしょ」
白凪「違うよ、一回目だー」
絢斗「一回目は覗いたときだし」
白凪「あんなの会ったにならないわ」
絢斗「そうかなー」
白凪「そうそう」
絢斗「そうしとこう」
白凪「へへっ」
絢斗「あ、そういえばさ」
白凪「あん?」
絢斗「意味分かったよ、オクターブ」
白凪「へぇ、どんなだった?」
絢斗「ひとまわり違う音のことだって」
白凪「ひとまわり?」
 白凪の手が止まる。
絢斗「たとえば、ドの1オクターブ上の音は、ドレミファソラシドーのドー」
白凪「ほんとだ、ひとまわり違う…」
絢斗「ね?」
白凪「うん」
 白凪、ゆっくりと、1オクターブ高い音で「猫踏んじゃった」を弾く。
絢斗「…なんだろう」
白凪「え?」
絢斗「凄くしっくりきた」
白凪「…ああ」
絢斗「…」
白凪「…」
絢斗「ねぇ、白凪さん…」
白凪「なぁに?」
絢斗「……………………」

 夏風が絢斗の声をかき消す。絢斗が話すのを聞き終え、白凪が口を開く。穏やかな顔。
 そして、頭を下げる。夏風の中に微かに聞こえる蝉の声。波の音。猫の泣き声。



 昇降口。白凪が上靴から靴に履きかえている。

奏手「白凪さん」
 白凪が声のした方を向くと奏手が立っている。
白凪「乙無さん」
奏手「振ったんだ」
白凪「黒瀬くん?」
奏手「うん」
白凪「うん」
奏手「そう」
白凪「よかったね」
奏手「え?」
白凪「好きなんしょ?」
奏手「…」
白凪「こわいよ、かお」
奏手「…何て言ったの」
白凪「なにが?」
奏手「絢斗に、何て言ったの」
白凪「聞いてないんだ」
奏手「絢斗は言わない」
白凪「でも、わかるんだ」
奏手「昔馴染みだもん」
白凪「うらやましい…」
奏手「…」
白凪「好きな人がいるって言ったの」
奏手「他には」
白凪「その人が全然振り向いてくれないから、他の男の子とちょっと仲良くしてみただけなのって。やきもち焼くかなぁって。ごめん、全然好きじゃない…」
 奏手が白凪をぶつ。
白凪「ったぁ」
奏手「あんた、あんた…」
白凪「は?」
奏手「人の、好意を、何だと思ってんだっ」
白凪「え、嫉妬?」
奏手「お前っ」
 奏手、白凪の胸倉を掴む。
奏手「絢斗がどんだけ、あんたのことっ」
白凪「きもいんだよ」
 白凪が奏手をぶつ。奏手と白凪、お互いに靴箱にもたれかかる。
奏手「がっ」
白凪「ぐっ」
奏手「白凪ぃー!」
白凪「うざいっ」
 奏手と白凪、取っ組み合いの喧嘩。髪を引っ張り、バックを振り回し、靴を投げ合う。
 白凪が、奏手に頭突きをする。奏手、靴箱にもたれて尻もちをつく。
白凪「きもいんだよっ! 人を教室の外から覗いて、初恋の相手? 会ったときも話したときもねぇよ! ガキの頃の一目惚れを美化して引きずって気色悪いっ! そんな、後ろばっかり見てるからにっちもさっちなんにもかんにあれもこれもどれもそれも前に進まねぇんだよ! どんなに酷い現実でもなぁ、どんなに、酷い、現実でもなぁ、今を見て、そこで頑張って頑張って踏ん張って踏ん張ってなんぼだろうがぁ! 今の、お前みたいに!」