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短編集22(過去作品)

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 熱くなった手の平と冷たい手の平を重ねて、どちらが感じるかと訊ねられて分からないのと同じである。どちらかに意識を集中させれば、ある程度まで意識できるのだろうが、片方に集中させるのがこれほど難しいとは、その時でなければ分かるはずのないことである。
 それから数日後に会った美奈子はいつもと違っていた。美奈子自身はまったく変わっていないと言わんばかりの雰囲気だったが、私から見てぎこちなさが溢れていた。意識して平静を装おうとすると、
「今日のあなたは変」
 という言葉が返ってきた。
 最初に聞きたくて、喉の奥につかえていた言葉を先に言われてしまった私は、まるで振り上げた鉈の下ろしどころを失ってしまったかのような、バツの悪さがあった。それが気持ち悪さへと繋がり、たぶん私の視線は不気味な鋭さに満ちていたことだろう。
 気分的には「苦虫を噛み潰した」ようだったのだが、相手の普段と変わらぬ顔を見ていると、勝手に意識してしまっている自分が恥ずかしくもあった。そこをすかさず衝かれたのかも知れない。
 結局、その時のぎこちなさが取れないまま、私たちは別れていった。それも後から考えればなぜか自然だったような気がして、私の頭の中にもう一人いるのかも知れないと感じた。
――どこかにもう一人の自分がいるのかも知れない――
 そう思うようになったのは、美奈子と別れてからだった。
 初体験の時のことを思い出すようになったのは、別れてからすぐのことだった。二匹のオスとメスが沈黙の中で、時間を考えさせることなく貪りあっている。そんな光景を私が遠くから見ているという構図である。
 遠くから見ている私は、男と女の正体は知っている。しかし、見つめているだけでは、それが本当に思っている通りの二人なのかが、最終的に納得できないでいる。しかももう一人の自分の存在というものに疑問を感じている私には、考えれば考えるほど同じところをクルクル回る袋小路に入ってしまったかのようである。
 悩み事や考え事をしている時というのは、とかく袋小路に入りがちである。
 いろいろ考えていても結論が出るわけでもなく、いつも最後には同じところで立ち止まっている。考えている時は分からないのだが、時間を感じさせない時というのは、えてして袋小路に陥っていることが多い。特に悩み事をしている時など、まるで他人事のように考えてしまうせいか、気がつけば自分を客観的に見ている。
 悩んでいる自分の顔を鏡で見つめていることがある。悩んでいる自分の顔を容易に想像できるのはそのためで、逆に客観的に自分を見ている時の表情しか思い浮かばないのである。
 そういえば、私はアパートの下に現れる男の顔を想像したことがあった。
 その時の表情は口を真一文字に結び、これ以上ないというほど厳しい顔になっていた。男がいつその顔を上げ、私に向かって視線を向けるか、ドキドキしていたことも事実である。怖い反面、期待していた自分もいたりするのだ。想像するその顔はいつも口を真一文字に結んだ自分の顔だったのだ。
 だが、その顔は中学生の自分ではない。少し歳をとっている自分なのだが、きっと自分の人生の中で同じ顔になる時があり、その瞬間を自分で認識できるのではないかという勝手な想像をしていたりもした。
――その時の私はいったい何を考えているのだろう?
 窓の外に現れる男の存在など忘れてしまっているかも知れない。覚えていたとしても、その時の想像した将来の自分の顔だと認識できるとは限らない。きっとその時も自分の顔を鏡で確認をしているとは思うだが、何のための確認かなど、すっかり忘れているに違いない。
 確かに私は忘れていた。想像した男の顔のことはまったく記憶にないと言っても過言ではない。
 それを思い出したのは美奈子と別れた時に感じた、
「もう一人の自分」
 の存在だった。
 もう一人の自分がどんな時に現れるのか、自分でも分からない。しかし、何か前兆のようなものをいつも感じている。誰かに見つめられているという思いが早いか、見つめているという思いが早いかの違いだけである。
 大学に入りできた友達とそのことについて話をよくしたものだ。さすがに最初は気心が知れていなかったので、美奈子のことは話さなかった。
「それは俺もあるよ。確かにもう一人の自分の存在を感じる時がある」
 彼との話は面白かった。それまでこんな話をすることがなかった私に超常現象から人生についての話が好きだということを思い知らせてくれたのが彼だったのだ。
「そうだろう。だけど、いつもじゃないんだよね」
「そりゃ、そうさ、いつもだったら頭の中が混乱して仕方がないよ」
 そう言って苦笑するが、私も言ってしまった瞬間、「あれ?」と思った。彼の答えが予期できたからであろう。
「自分が見えるということは、それだけ成長したからかな?」
「いや、一概には言えないだろう。例えばどうにも身動きが取れないような事態に陥った時、逃げたくなる自分がいて、客観的に見つめてしまうことだってあるんじゃない?」
「考えが堂々巡りしてまとまらない時などに起こりやすいことだね」
「そうだね、堂々巡りしていることが分かっていて、遠くから見ているだけしかできないんだよ」
 どうやら私と同じような考え方のようだ。
 同じ考えの人がいることが分かると私の想像はさらに豊かになっていく気がした。
 それからしばらくして私に恋人ができた。
 初めてできた恋人であった。彼女との出会いは今から考えてとても自然だったような気がする。出会いは友達が主催する合コンだったのだが、私にとってそれまで一目惚れというのはなかった。どちらかというと次第に好きになっていくのだが、相手に告白する勇気もなく、いつも片想いで終わっていた。どうかすると勇気のない私は、このまま恋人の一人もできずに大学生活を終えてしまうのではないかとさえ思っていた。
 初体験の相手である美奈子を恋人として数えることを私はしなかった。すぐにぎこちなくなってしまったことへの後悔の念が強く私の中に残っているからかも知れない。
 ガールフレンドとおぼしき人は数人いたりしたが、恋人と呼べる人は皆無だった。大体どこからが恋人なのかの判断すらできないでいたのだ。口づけをすれば恋人になるのか、それとも最後の一線を越えるまではただのガールフレンドのままなのかなど、いつも考えていた。
 しかしその考えが間違っていることを教えてくれたのは、彼女の出現だった。
 名前をみゆきというのだが、私にとって、
――ずっと前から知っていて、出現を待ちわびていたような気がする――
 そんな女性である。
 見かけた瞬間からピンと来たのは、初めて見る顔にはどうしても思えなかったからで、以前にも似たような人を見ていて、その人が頭に引っかかっていることは分かっているのだが、それが誰なのか思い出すことはできなかった。これだけ一生懸命に思い出そうとして思い出せないのだから、ずっと思い出せないような気がする。しかし逆に思い出すとすれば、ひょんなことから簡単に思い出すような気もする。いずれにしても、すぐに思い出すようなことはないだろう。
 初めて目が合った時、みゆきが私を見つめているような気がした。
作品名:短編集22(過去作品) 作家名:森本晃次