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短編集22(過去作品)

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 いきなり彼女の口から飛び出した言葉は、私のまったく予期するところではなかった。しかも初対面の人に、少しうつむき加減ではあるが臆面もなく話すようなタイプには見えなかったからだ。おとなしいタイプであるが、時折見せる眼光の鋭さは、気の強さを表しているような気がして仕方がない。
「どうして、私にいきなり話すんですか?」
 さすがに気になったので聞いてみた。
「あなたなら私の気持ちが分かってくれそうな気がしたものですから、何となく似ているような気がして」
 いきなり初対面の人に対して、「私と似ている」もないものだ。しかし、彼女がそう感じたのは事実のようで、顔は真剣そのものである。
――やはり気が強そうだ――
 言葉の端々を取っても、少し閉じ加減な中に鋭い眼光が見える目を取ってみても、気が強そうにしか見えない。
 私は彼女に興味を持った。そして彼女の話をもっとよく聞いてみたい気がしてきた。
――これが恋の始まりかも知れない――
 そう感じたのは、二人で店を出た時だった。
「私、優美子といいます」
「僕は、博といいます」
 と自己紹介の後、
「静かな場所でお話しましょう」
 と、店の中で彼女は呟きながら、私に寄りかかってきたのだ。彼女のストレートな髪の毛と、温かく仄かにアルコールを含んだ甘い香りを漂わせる吐息が、私の熱くなった首筋にあたり、心地よい。
「コクッ」
 頷くしかなかった私だったが、決して酔いに任せただけではなかった。
 宴の華やかさを通り越し、少しテンションが下がり始めた頃だっただろうか。
「そろそろ時間ですね。これから二次会に行かれる方はカラオケを用意してますので、私の方まで申し出てください」
 幹事をしている友人がそう声を掛けた。時計を見れば午後九時少し前、これでお開きにするには、少し早すぎる。
 幹事のところには、カラオケ参加者が次々に名乗り出る。せっかくのチャンスと男女ともども考えているのだろう。喉に自信のあるやつを中心に、カラオケがさぞかし盛り上がることだろう。
 しかし、私にその気はなかった。優美子とのことを頭の中でいろいろ想像し始める。
 皆それぞれ身支度をして店を出て行くのだが、私のそばには相変わらず優美子がいるのだ。
 立ち上がってあらためて見ると、優美子が小柄であることを再認識した。座っていても何となく雰囲気で分かったが、長身の私から見て、明らかに見下ろすような優美子の右腕が私の左腕の間に忍んできた。
 しかし私はそれを大胆だとは思わなかった。あくまで自然で、私を見上げる優美子の表情も、優美子を見下ろす私の表情も、初めて会ったばかりだということを感じさせない、暗黙の了解のようなものがそこに存在しているような気がしていた。きっと、それは優美子も感じていると思っている。
 ゆっくりと表に出ると、少し雨が降っていたのか、身体にへばりつくような湿気を感じた。少し生暖かくアルコールで火照った身体には、あまり嫌な気はしなかった。傘を差さなければならないほどの雨は降ってはいないが、アスファルトに溜まった雨水には、ネオンサインがゆれている。店に入る前には降っていなかったことを考えると、かなりの勢いで降ったことが窺える。
 溜まった水をよけるように千鳥足で寄り添いながら歩いているが、それほどゆっくりでもなかった。どちらがスピードの主導権を握っているというわけではないが、歩いていくうちに自然とスピードが増してくる。その間お互いに無口で、
――どうして、何も喋ろうとしないのだろう?
 とも感じたが、その横顔は真剣そのもので、私には何か覚悟を決めたような顔に見えてくる。
――失恋のため、自棄になっているのだろうか?
 結構呑んでいたにもかかわらず、表に出てからの優美子は、すでにシラフに戻ったように思える。だが、明らかに優美子の足はホテル街へと向かっているのは事実で、ここまで来ると主導権は完全に優美子に握られていた。
 その間、優美子は私の顔を一度も見ようとはしなかった。恥ずかしいというわけではないのだろうが、それだけに決意を固めようとしているのではないかと思えるのだった。私はそんな優美子の横顔を、ただ見つめているしかなく、きっと相手の心境を量ろうと複雑な表情になっていたことだろう。
 相手の心境など簡単に分かるものではない。相手の目を見ながら話をして、やっと分かるくらいなのに、こちらを振り向くことなく視線も合わせない相手の心境を量り知ることは難しいだろう。ましてや、さっきまでアルコールが入っていた相手である。その酔いが覚めてしまってからの彼女の心境など、きっと私の想像の及ぶところではないような気がする。
 歩いている方向は間違いなくホテル街だった。彼女のいう「静かな場所」というのはまさしくホテルのことだろう。顔を見ようとしないのは当然かも知れない。
 小刻みに震えていた身体から、震えが止まったのとほぼ同時だっただろうか。彼女は一軒のホテルの前で立ち止まり、私の顔を見上げる。見つめられて初めて彼女を「いとおしい」と感じた。
 まだ幼さが残った顔に、少し妖艶な雰囲気が混じり「小悪魔」っぽい表情になっている。表情に暗さはなく、決意のようなもので少し強ばっているように見えるのは当然といえば当然だ。
 すべては優美子の主導権の元に進められた。握っていた手を引っ張るように私を中に連れて行く。すべてが無言で行われ、気がつくと部屋に入っていて、優美子の唇が私を求めていた。
 それほど表が寒いとは思わなかったが、部屋に入って彼女に塞がれた唇の温かさは、それまでが寒かったと思わせるに十分なものだった。雨が降っていたこともあるのかも知れないが、次第に絡みつくように密着してくる優美子の身体を感じているうちに、自分の身体が冷え切っていたことを感じたのだ。
 空調は入っているようだったが、部屋には少し湿気があるように感じた。真っ暗な中で部屋に入るや否やの抱擁にビックリすることなく応じられたのは、少し廻っている酔いのせいだったのかも知れない。
――いや、何もかもが自然なのだ――
 一瞬、優美子の言った「失恋」という言葉が頭をよぎった。失恋の辛さから私に靡いたのではないかという思いが頭の隅にある。私も今までに失恋の経験はあるが、失恋したからといってすぐに違う女性を考えるということが私には性格的にできなかった。男性と女性で違うのかも知れない。「性」のようなものがあるとすれば、それを私が「いい悪い」の判断などできようはずもないし、そんな資格もないだろう。心地よい快感に身体を震わせながら、頭では冷静に考えていた。しかし確実に身体は反応していて、心臓の鼓動もハッキリと耳の奥に残っている。
 ベッドに誘ったのはどちらからだろう?
 ひょっとして自分からでは、とも感じた。女性に主導権を握られてばかりではいけないと思った瞬間があるとすれば、その時だけだった。ベッドに入ってからの私は、完全に優美子に身体を任せていたのだ。それだけ優美子が積極的だったということだろう。
作品名:短編集22(過去作品) 作家名:森本晃次