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蘭陵王…仮面の美少年は、涙する。

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けて、バッグに突っ込んだ手でスマホを取り出した彼は、やがて画家が私に見せた画面には真っ白な目をした男の顔の画像が映っていた。手渡されるまま手に取り、その男はかつて黒目が存在したことなどないはずの、かすかな白のグラデーションが暗示した黒目部位の所在を無機能なままどこかに向けながら、こちらを見ているには違いない。もちろん、何も見えてはいない。男の顔は骨格そのものから砕けたものが無理やり張り付いたようになっていて、ゆがんでいた。それが何らかの疾患によるものなのか、事故や事件の結果なのか、私には判断できなかった。画家は口先でたたくような彼のベトナム語をしゃべり続け乍ら、自分の目をふさぎ、口をふさぎ、耳をふさぎ、頭の横で指を軽蔑的に回した。私には意味はすぐにわかったが、画家はそれが彼の悪癖ででもあるかのように飽かず繰り返し続け、私は笑うしかない。真っ白い、ただ、白い海の絵、それは、かすかに、ところどころに、無数に存在する青やそれを暗示する色彩がそこにかろうじて海の形象を予感させる。ナイフや、筆や、あるいは私にとって未知だった何らかの技法で厚く盛られた油彩絵の具は執拗なほどにかさねられ、飛び散り、引っ掻かれた形態でのたうつが、そこに荒れたものは一切ない。むしろ無慈悲なまでの静寂しかそこにはなく、これらを構成する色彩も何もかも過剰に入り組んでお互いを否定しあい、拒絶しあう中で、しかし、結果ひろがった目の前の風景は、よくもここまでと思うほどに削ぎ落とされて、何の音も立てない絶望的な沈黙が白く、ただ目醒め、それは、そこに無慈悲なまでにただ存在しいていた。ひたすら、海に雪が降っていた。画家の名前だけでも聞こうとしたが、他者の言語を頭の中に組む余裕を失っていた私は何も言わないまま絵を見つめ、ややあって、目を反らす。何も語りかけない風景に対して、言い得ることなど何もないことを私は知った。老婆に金を払っている私を不意に見上げ、その孫は Are you Japanese ? 私はとっさに口ごもってその乱れのない発音に聞き耳を立て、耳を澄ますが、彼女は私を英語さえ解せない人間だと思ったに違いない。微笑み乍ら上目越しに見つめ続ける少女をそのままにして、この日陰から出れば、無数のモーターバイクの騒音の群れと、正午に近い





陵王乱序

日差しが直接私の肌を灼く。灼かれるままに、そして川沿いの Thô の家にたどり着いたとき、既に葬儀用の祭壇作りに男たちは追われていた。都市部のベトナムではめずらしい、広い敷地に二棟の平屋と一棟の三階建ての家屋を並べた古い、コンクリート造の家屋は、周囲のまばらな木立の中で、人々のまばらな喚声が時に上がるがままに任せる。何人か私たちを振り向き見たには違いないが、Quần は誰に挨拶をするわけでもなく、敷地をまっすぐ横切って、朝の光を全てのものが浴び乍ら薄い影が作られた。白い細かな煌きの点在するままに、Quần はみすぼらしいほどに小さな Thô の居宅のドアを開けた。南京錠をあけるために、鍵を探して、自分の大量にぶら下がった鍵束に小さく舌打ちをし乍ら。前にも何度か訪ねたことがある。何の用があったというわけでもなかった。小さな、古ぼけた過剰に装飾された木製のテーブルと椅子が、狭い部屋の半分近くを占領し、しかし、何かが置いてあるというわけではない。ベッドには蚊帳が掛けられ、風に白く揺らめきながら、すぐそこに置かれた古い扇風機は、いまだ動くのかどうかさえ定かではない。壁に、発音記号つきのアルファベットを筆で書いた書画が一帖掛けてあるだけだ。沈んだ淡い緑で色彩は統一され、服はハンガーに掛けられたまま剥き出しで吊るしてある。二日酔いにまでは至らないものの、昨日の夜飲みすぎたアルコールが私の胃を重くする。親しい友人たち。愛すべき、その、Bính ビン はベトナム語以外しゃべれもせず、Nam ナム は独学の英語をしゃべる。ロシア語こそ堪能だが、私の知っているロシア語はチャイコフスキーとスワン・レイクと罪と罰くらいものもだ。それらと、正確ではない私の英語と、辞書5ページ分くらいのベトナム語は交錯し、形成される希薄で親密な交友関係の中で、いくつものビール瓶が空になり、浪費され、夜遅く帰ってきた私を見咎めた妻は、甲高くののしり乍ら、口早なベトナム語の向こうで、もはや英語を話すことさえ忘れた彼女の額にキスをくれるが、彼女の額はしわがよるほどしかめられていて、その眉を見やったまま私は寝室に入る。声を立てて笑って、何度も投げキッスをしてみせて、いずれにしても、愛されているに違いなく、愛しているにも違いない。Quần は壁に手を触れ、顔をすれすれに近付けたまま何かを探す。初めて会ったとき Thô は、それは私の妻の父の紹介だったが、海辺の海鮮飲み屋でランチを兼ねたビールを飲み乍ら、義父はいつも彼が目上の人間にする癖で、 Thô に身をすりよせるようにして私のことをしゃべりたてていた。Thô の体はわたしよりも、義父よりも大きい。完全な白髪が脇だけ短く刈られ、横に撫で付けられたトップが海風に乱される。私は、吊るされたまま一部に埃さえ積もらせた Thô の洗いざらしの服に手を触れ、Quần はベッドの下を覗き込んだ。Where you came from ? さっきから、Are you Japanese ? 何度も義父から繰り返し聞かされているのにもかかわらず、Thô は疑問文を並べる、それがまるで礼儀であるかのように、私は善良そうな笑みを浮かべ続け乍ら、頷く私に、Good, そう言って、Thô は私の手を諭すように叩く。聞き取ることが困難なその英語に耳を凝らし、私は Thô の手に触れる。かさねあわされた手を、ややあって、彼は言った、何も気にするな、と。Thô の指先はグラスのふちを撫ぜ乍ら、彼は、1945年のことは、と、「いいか?」 Thô は言う、もはや、私の記憶として彼の言葉そのものは失われ、彼は言う、私たちは何も気にしてはいないのだ、と、この、聞き取られた意味としてしか記憶されなかったこれらの断片に、phút、lan、sẽ、ようやく聞き取られたその言葉、フランセに対しても 、âm、mẹ、lý、cảm アメリカンに対してもだ、と Thô は言い、người phát なれた口調で、そして彼は、người mỹ まるで彼本人がベトナム人そのものであるかのように言う彼を người nhật ふと、滑稽にすら感じ、私たちは người việt すべて許した、私たちは người ai すべて忘れた、と彼は言い、…ai ? 私の記憶として、私たちは彼の言う言葉に耳を澄ませ乍ら、記憶された意味として痕跡だけを残して既に失われた Thô の言葉の群れは、Thô の手を握り、Cám ơn と私は彼に言う。 Ai là ai ? ありがとう、私は言って、彼の手をとったのだった。囃し立てるように、義父が歓声を上げ、私は何度も彼らの背中を撫ぜて、囃し立てる義父が私の肩を叩くがままに、我々は、

過ぎない、

許された、

彼らによって、