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蘭陵王…仮面の美少年は、涙する。

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サイゴン政府は、なんで? 黄色いチンパンジーどもめ。何をしたの? 存在しているのだ。彼らに。AK銃を振り回す気の狂ったサルども、皆殺しにしたの? 政府が行う戦争と、私が彼ら全部を? 行う戦争とは卑怯なあなたごときが? …違う。逃げてばかりの 何故だろう?と Thô は思った。ならば、政府とは何か?ベトナムはそこにある。なぜならベトナム人というカテゴリーが存在するから。だが、政府もそこにあり、それとこれとはどこかで食い違っている。食い違っていないならば、なぜ、ベトナムで戦争など起こり得るのか?そんなことはどうでもいい、と思い、Thô は筆をおき、政府が気に食わなければ 出来上がった書を眺めたのだが、放棄してしまえ 昔ダラット[Đà Lạt]で見た そんなもの。あの老人の美しい書とは比べようもないそれは、どこが、どう違うのか、いまだに Thô にはわからなかった。いくつもの戦争が私のそれを含め、と、いつも、どこかで行われている、Thô は思い、いくつもの政府といくつものベトナム人たちによって。Thô は放免される。ベトミン兵士たちは彼を信じたし、握手さえし乍ら、Long time no see you. 拘束はわずか3日間に過ぎなかったとしても Lanh は、そしてすべての者が君を生かしてやまないと言った君は、ならば、何がお前を殺してしまったのか?たとえ老いさらばえた丸太あるいは猩猩の自然死に過ぎなかったとしても、何がお前を殺したのか?その何かは、「すべてのもの」に含まれないとでも言うつもりなのか?雨後の湿気の中で、私は私の体から立ち上る芳香に半ば窒息しそうになり乍ら、クラクションの音がした。振り向くと、Hồ が小路の木立の影に立っていた。



一人、濡れた街路樹の群れの葉々がこまかい光の粒を乱反射させるにまかせ、Hồは奇妙な、化け物の面をつけていた。笑っているのだ、と思った。その木彫りの面の下で。どこかで手に入れた、或いは従者の誰かが戯れに差し出したかも知れない、ゆがんだ、過剰なデフォルメの林邑風の古い化け物面を、もちろん、Hồ の表情はわたしにはわからない。それを取ったところで、私には、或いは誰にも、彼はいつも、表情豊かな、表情を伝えきれない美しい顔をしている。私は微笑み乍ら彼に歩み寄る。彼はゆっくりと背を向け、時々、わたしを振り向き見乍ら先導する。露店のカフェや、通り過ぎるバイクが時に彼を見咎めるが、何と言うこともない。角を曲がり、晴れ上がった空が太陽光をそのまま直射する。町を濡らした水滴はすぐに干上がるはずだった。再開発地の更地のフェンスの前に止めてあった2台のバイクの前で Hồ は立ち止まり、Thổ は彼のバイクに横すわりに座ったままだった。私は彼に何か声をかけようとするが、Thổ は一切、私になど目もくれない。縋りつくような無言で、なじるような女々しい表情を晒し、これ見よがしにThổ は唯、Hồ を見つめる。Hồ がどけろ、と手で合図すると、諦めきれないように、ふらふらと私にバイクのキーを渡し、私の肩をやさしくたたき乍ら一瞥をくれたその目には、激しい憎悪が塊りになって、それは明らかに嫉妬に他ならない。今、Thổ は私を殺して殺しきって殺しぬいたとしても飽き足らないだろう。立ち去ろうとして立ち去り得ないまま、唯そこに立ち尽くしている Thổ を置き去りにして、Hồ はバイクを走らせる。Thổ のバイクにまたがって、私はそれを追う。戯れるような、のんびりとしたスピードで、ヘルメットもかぶらない Hồ の耳には木彫りの面越しの風の騒音が、いっぱいに騒ぎたち木魂しているに違いない。開発途中の荒れた更地をいくつか通り過ぎ、道に迷ったように時にハンドルを切りあぐね乍ら進む。まだ正午には遠い、しかし急速に朝の気配を喪失し始めた空間の光が、力強い太陽光を湛え乍らあらゆるものを描き出す。瞬きする隙すらない。私の記憶の中で、断片的に、しかし、私はこの道を知っている。遠くに、揺らめく光を湛えた海を右手に、その海沿いの道をやがて折り曲がり、ややあってありふれた街路樹の、あの画家の家の前の通りで Hồ はバイクを止める。交通の全く途絶えた通りを横切り、Hồ はその家に入って行った。まるで自分の家のように。彼はいつでもそうだ、と私は思い出したものだった、いつも、自分の家を持たない Hồ は、いつでも。誰の家にでも、そこが自分の家であるかのように。その屋内がさまざまな記憶を喚起しようとし、明確な記憶など何も呼び覚まさないままに、それらは、そして、屋内には誰もいない。かつて人がいたことさえないかのように、しかし、皿や、テーブルや投げ出されたままのリモコンや、丁寧にカバーを掛けられたラップ・トップが、生活の痕跡を明確に示唆し乍らも、Hồ は階段をのぼり、私は後に続く。不意に、どうしようもない悲しみのような感情が、あいまいに、私の皮膚の下の神経をうずかせる。血管の中を氷で撫ぜたように、あの仏間で画家は死んでいた。あの時のように、この、通り沿いの窓の開け放たれた空間を風が時に乱し乍ら、画家は床の上で、そして画家は床の真ん中で、左腕を奇妙にへし折り乍ら、そして彼はうつぶせで、広げられた大股の、画家のその死体は周囲に血を撒き散らして死んでいる。気の抜けた既視感にさえ捉われ乍ら私は、Hồ がその木彫りの面越しに私を見ていることを知っている。ナイフなのか、包丁なのか、いずれにせよ刃物で何度も刺されたに違いないその死体は、半ば血を凝固させつつ、生の痕跡さえ喪失した完璧な静寂の中で、あらゆる動きを失っている。お前が?と私は思う。死体の傍らにひざまづいたまま Hồ を見上げ、無言のうちに、君が? Hồ は何も答えず、私は彼が私を見てすらいないことを知っている。なぜ?私は思う。そして、なぜ、こんなことになってしまったのか?こんな朝に。私が、Hồ の面に指先で触れるのを Hồ は拒もうともしない。むしろ、私は Hồ の顔に触れようとしたのかもしれない。遮った窓越しの日陰の穏やかな陽光の中で、i-pod から流しっぱなしにされた念仏は、相変わらず何を言っているのかわからない。音楽的で、しかも何の旋律性も感じさせない、絶え間のない呟きの音声が連なり、私が Hồ の面をはずすと、陽光に斜めに差され乍ら、Hồ の顔は真っ白なペンキで塗りたくられていた。この、表情豊かな何も語らない顔を塗りつぶし、沈黙させようとするかのように、何故?と私は思い、Hồ は何も答えず、私は、Hồ がしずかに涙を流しているのを見る。むしろ、激しく泣きじゃくってさえいるのだが、その





蘭陵王