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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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旧説帝都エデン

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 先にいたのは時雨とセーフィエル。
 静かな森の中。
 湖に浮かぶ丸い月。
 雪兎がこの場に現れたとき、姿を現そうとした時雨はセーフィエルによって止められた。
 ――ここでわたくしたちが先に出たら、ここに雪兎が現れなかったことになってしまうわ。
 そうセーフィエルは言った。
 意味がわからなかったが、時雨はそれに従った。
 雪兎はその物腰から手練れであることは用意にわかる。時雨たちの居場所が探られないのは、セーフィエルが講じた魔術によるもの。つまりそれはセーフィエルの術の高さを意味する。
 水面[ミナモ]が揺れた。
 風はない。
 揺れたのは影。
 人影が水面を歩く。
 この場に現れた?影?はダーク・ファントム。
「……セーフィエルは?」
 不思議そうに尋ねながら、ダーク・ファントムは雪兎と間合いを詰めた。
 雪兎が月詠を抜いた。
 その刀を目にしたダーク・ファントムは笑う。
「おもしろい刀を持ってるね。まさかそれでアタシを切るっていうんじゃないよね?」
「因果を切る」
 いきなり雪兎はダーク・ファントムに斬りかかった。
 素早くそれを躱したダーク・ファントムは水面に逃げる。
「なるほどね、因果を切るか。言い得て妙だね」
 水面で踊るダーク・ファントム。
 雪兎は腰まで水に浸かりながら、そこまでしか追うことができない。
「目と鼻の先にいるというのに……」
「それは残念だね。月詠はキミになにを教えてくれた? アタシをここで斬ると出ていたのかな?」
「月詠の予言はここにお前が現れるということのみです」
「そうさ、月詠と言えどその程度しかわからないのさ。ただアタシによって厄介なのは、その刀が持つ別の能力。キミはそれを使ってアタシを切ると言ったんだろ?」
「月詠は運命を詠む。そして刃は詠んだ運命の因果を断ち切ることができます」
「もしもここでアタシが切られたら思念が消えちゃう。そしたらアタシはこっちの世界に干渉できなくなっちゃうね。それは困る困る」
 ダーク・ファントムは辺りを見回して気配を探った。
 動物はいない。
 感じられるのは雪兎の殺気のみ。
 だが、ダーク・ファントムは探し続けた。
「いるよね、きっと。セーフィエル、アタシになにをさせたいのかなセーフィエル。まさかアタシをハメる気じゃないよね? それは違うね、こんな小僧じゃアタシを倒せないことはお見通しだよね。キミの目的は何なのかなセーフィエル?」
 ダーク・ファントムの視線の先で空間が揺れた。
 現れた。
 それはものすごいスピードで地を翔かけ、煌めく刃を薙ぎ払った。
 紙一重で躱したダーク・ファントムが笑う。
「やっと会えたね、ノイン」
 ダーク・ファントムの視線の先で、水面に立つ金色の人影。
 骨組みだけの翼から零れるフレア。
 時雨の顔を持ちながら、それは時雨ではない存在。
「影は影らしく、自由な真似は謹んでもらおう」
 ムラサメの切っ先がダーク・ファントムに向けられた。
「アタシの思念が外に出れたとき、キミもいっしょに着いて来ちゃったからね。いつかは出会
うとは思ってたよ。それでどうする気かな、そんな物でアタシを切っても意味がないことくらいはわかってるよね?」
「〈ゆらめき〉を断ち切らねば、いくらでも貴様はこちら側に思念を送り込んでくる」
「だからここでアタシを消してもムダムダ」
 無駄に終わらぬ方法がすぐ近くにある。
 ――神刀月詠。
 雪兎が叫ぶ。
「僕の刀なら〈ゆらめき〉を断ち切ることができます!」
 すぐにノインは雪兎に顔を向けた。
「ならばその刀を貸せ!」
「我が一族の当主である僕にしか使えないのです!」
 雪兎は湖に腰まで使った位置から動けない。泳いで戦うなど分が悪い。
 一方のダーク・ファントムは水面を優雅に動き回る。
「残念だねぇ。やっぱりアタシを倒すのは無理そうだね。そんじゃサヨウナラ、思念とは言え消されると復活するのが大変だからね」
 ?影?が揺れる。
 このままダーク・ファントムは逃げる気だ。
 ムラサメが輝く。
「逃がすかッ!」
「逃げるさ」
 笑ったダーク・ファントムの影が脳天から真っ二つに割られた。
 その攻撃も悪あがきに過ぎない。
 闇に溶けていく?影?。
 しかし、ダーク・ファントムが予想しなかった事態が起きた。
 水面で輝く月が燦然たる光を天に向かって放った。
「謀ったな、セ――」
 言葉ごと光の柱がダーク・ファントムを呑み込んだ。
 いや、呑み込まれたのはダーク・ファントムのみならずノインもだ。
 光は消えた。
 何事もなかったかのごとく静まり返る水面。
 雪兎は唖然としていた。
「いったいなにが?」
 わからなかった。
 一瞬の出来事であった。
 夜空に浮かぶ月は微笑み。
 水面で揺れる月は嗤っていた。
 静かな森。
 そこへ現れた夜魔の魔女。
「こんばんは、神威雪兎さん」
「あなたは!?」
 雪兎は驚きを隠せない。まさかまたセーフィエルに会おうとは、しかもこんな場所で――。
「わたくしのことを覚えていてくださるなんて光栄だわ」
「忘れるはずがないでしょう。この刀を修復したのはあなたなのですから。今ここで起きたことを説明していただけませんか?」
「さあ、わたくしもよくわからないわ。わたくしがしたことは、あの?影?をここに誘き出し、あなたに会わせようとしたことのみ」
「それは本当ですか?」
 疑う根拠があった。
 雪兎はダーク・ファントムの言葉を忘れてはいない。
 ――こんな小僧じゃアタシを倒せないことはお見通しだよね。キミの目的は何なのかなセーフィエル?
 それはあくまでダーク・ファントムの意見だが、もしもそれが当たっていたら……?
 セーフィエルは水面に映る月のように微笑んで見せた。
「ええ、本当ですわ。あなたにあの?影?を伐たせようと画策してみたのだけれど失敗でしたわ」
「では、今起きた現象については知らないと?」
「ええ」
 短く答えた。
 状況を考えればセーフィエルは疑わしい。だが、それを攻めるだけの材料を雪兎は持ち合わせていない。
 ダーク・ファントム、そしてノインの身になにが起きたのか?
 それは誰にとって有意義なことなのか?
 雪兎にとってはどのような意味を持つことなのか?
 ダーク・ファントムを伐つことができなかった。その事実だけははっきりとしている。
 これからなにをするべきか雪兎は迷った。
 目的はダーク・ファントムを伐つこと。けれど、ダーク・ファントムは消え、今起きたこともわからない。
 手がかりはやはり……
「本当に知りませんか?」
「何度訊かれても同じですわよ」
 セーフィエルの答えは変わらなかった。
 仕方がなく雪兎はこの辺りを調べはじめた。
 光の柱は水面に浮かぶ月から発射されていた。ならばここに謎を紐解く鍵があるかもしれない。藁にも縋る気持ちで雪兎は手がかりを探した。
 そんな雪兎にセーフィエルが声をかける。
「あなたを探している人がおりますわよ」
 振り返った雪兎は、
「妹ですか?」
「いえ、秋影紅葉があなたの力を必用としているわ」
「僕の力を?」
「彼があなたの力を必用としてきたことは一つ」
「弟の蜿くんのことですね?」