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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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旧説帝都エデン

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「ええ、すぐに帝都病院に行ってあげなさい。そこで紅葉が待っているわ」
 セーフィエルが消える。
 闇に呑まれるように霞み消えてしまった。

 まだ夜が明ける前、雪兎は帝都病院に赴いた。
「お待ちしていた」
 頭を下げてから道を案内する紅葉。
 病院の廊下を歩きながら紅葉は尋ねた。
「お一人でここまでおいでになったのか?」
「はい、セーフィエルという人物に言われて来ました」
「時雨という人物にはお会いにならなかった?」
「あの躰の持ち主が……名前は存じ上げていますが、顔は知らないもので。ここに来るまでいろいろありまして、僕一人でここまで来ることになりました」
 雪兎の言葉になにか引っかかったのか、紅葉は訝しむ表情をしたが、あえてなにも言わなかった。
 帝都病院は一般的な施設も世界最高水準であるが、魔導施設は帝都一、すなわち世界一を有している。
 眠らない街にある病院らしく、24時間体勢が整えられているが、やはり夜も明けないうちは静まり返っている。
 薄暗い廊下を進む二人。
 通常の手術などには、通常の施設を使う。
 だが、魔導の関わる処置となれば、魔導的な施設を使う。さらにそれは多岐にわたる。
 二人がやって来たのは、魔法陣が床に描かれた施設。
 その中心に蜿は寝かされていた。
 雪兎は蜿の様態を診た。
 病院での魔導処置は魔導医以外の者が行うことも多い。それだけ通常の医学の範疇を超えていると言うことである。
 蜿の様態は魔導医ではない雪兎が診る。それが方法として正しい診察となる。
「やはりあの蛇が原因ですね。ただ……今までと少し違うような。いつも僕が診るとき、蛇は荒ぶっていました。今は……弱っている」
「結界が弱くなってると言うことか?」
「そうですね。政府はどう動いていますか?」
「弟は写し鏡に過ぎない。弟を調べてもあまり意味がないと考えているのか、情報規制を敷いて弟はほぼ放置だ」
「たしかに原因その物は〈ヨムルンガルド結界〉でしょうし、そちらが解決すれば自ずとこちらも解決するでしょう。政府にとっては蜿くんを助ける気などはじめからないでしょうけど」
 雪兎は蜿から離れ、深呼吸をして全身から力を抜いた。
「とりあえず喚びだしてみましょう。離れていてください」
 床を蹴り上げて翔た雪兎が正拳突きを蜿の腹に喰らわせた。
 蜿の躰が跳ねた。
 すぐさま雪兎は後ろに大きく飛び退き、深呼吸して柄を握った。
「来ますよ!」
 蜿の躰がうねる。まるで蛇のようにうねり狂う。
 まるで蛇のように蜿の口が大きく開いた。
 口からお産をするように、巨大なモノが頭を出した。
 世にも恐ろしい汚い音とともに、大蛇が蜿の口から飛び出したのだ。
 先の割れた舌で風を鳴らしながら、金色に輝く眼で威嚇を放つ。
 蜷局[トグロ]を巻いた大蛇は部屋いっぱいに広がり、その尾の先はまだ蜿の口と繋がっている。
 雪兎と大蛇が対峙する。
 睨み合いが続く。
 だが、急に大蛇が気力を失い躰を倒してしまった。
「やはり」
 呟いた雪兎。
 月詠が抜かれた。
 はじめてこの大蛇と交えたとき、月詠は折られた。
 それから月日が経った。
 雪兎も成長した。
 そして、月詠も生まれ変わった。
「今ならできるかもしれない」
 雪兎は呟いてから紅葉に顔を向け、
「今ならこの呪いの因果を断ち切れるかもしれません」
「本当か!?」
「ですが問題があります」
「なんだね?」
「切り離したあと、この大蛇は行き場を失うことになります。この部屋にずっと封印しておくわけにもいかないでしょう?」
 考え込む二人。
 目の前にいる大蛇は〈ヨムルンガルド結界〉の化身。その一部分とでもいうべき存在。消すわけにはいかない。
 紅葉が静かに口を開く。
「ならば私が新たな依代[ヨリシロ]となろう」
「それではなんの解決にもならないではないですか」
「だが、少なくとも弟は苦しみから解放される」
「政府の力を借りましょう」
「今までなんの対処もできなかった政府の力だと?」
「たしかに政府は今まで蜿くんと結界のリンクを解く方法すらなく、なにもできませんでした。しかし、今は月詠の力でリンクを切ることまではできます。そのあとの処理を政府にお任せしましょう」
「私は帝都政府など信用しておらんよ」
 夜の風が部屋に吹いた。
 静寂。
 そして、気配。
「その通り、帝都政府は人間のことなど鼻にかけていないわ。彼らから見れば人間など労働力でしかないのだから」
 現れたのはセーフィエル。
 紅葉は驚きを隠せない。
「どこから?」
 帝都病院のセキュリティは魔導対策にも余念がない。部屋に突然現れるなど、できるはずがないのだ。そもそも魔導など万能ではないのだから。
 セーフィエルは質問には答えず、
「人間は強大な力の前に踊らせれているだけ。いつまで経ってもこの世界は彼らのモノ。しかし、人間も進化している――道具を使いこなせる程度には」
 ゆっくりとセーフィエルは雪兎に近付いた。
「その月詠が以前の刀とは違っていることはわかっているでしょう?」
「はい」
「もうそれは詠むだけはなく、喰らうことができるわ。まるで月が太陽を喰らう日蝕のように、新たな月詠は相手を喰らう。この意味がわかるかしら?」
「喰らう?」
「その刀の力を持ってすれば、そこにいる化身などひと呑みにできるわ。そして、刀の中で化身は生き続ける」
「それが解決の方法ですか?」
「まず、彼と化身との因果を断ち切る。その後、すぐに化身本体を完全に斬る」
「あなたを信じてよろしいのですか?」
「それはあなたが決めることよ」
 セーフィエルは微笑んだ。
 聞いていた紅葉が口を挟む。
「私は弟が救われればそれでいい」
 雪兎は考え込む。
 もしもセーフィエルの話が嘘で、化身を葬ってしまうことになったら?
「わかりました」
 雪兎は頷いた。
 月詠を構えて呼吸を整える。
 大蛇は弱ったまま動かず頭を下げている。
 二人は雪兎を見守った。
「いざ!」
 雪兎が翔けた。
 薙ぎ払われた月詠から水しぶきのようなフレアが迸った。それは時雨の持つムラサメと同じ。
 刃は蜿の鼻先を掠め、口から伸びていた尾の先を切断した。
 今まで大人しくしていた大蛇が暴れ狂う。
 眼は雪兎に敵意を向け、そのまま頭部から突進してきた。
 雪兎は動じない。
 月詠を振り上げ踏み込んで面を打つ。
 大蛇の眉間に刃が食い込み、そのまま突進の勢いのまま、刀の中へ吸い込まれていく。
 もの凄い圧力に押されまいと雪兎は踏ん張る。
 爆風が巻き起こる。
「くっ……耐えられ……ない!」
 雪兎の躰が大きく後方に飛ばされ、激しく壁に叩きつけられた。
 床に落ちた雪兎――その手にはまだ刀がしっかりと握られていた。
 あの大蛇の姿をした化身はどこにもいない。
 すべて月詠に喰われてしまったのだ。
 そして、セーフィエルの姿もなかった。
 紅葉が雪兎の躰を抱きかかえた。
「大丈夫か?」
「大丈夫です……それよりも、蜿くんの様子を診てあげてください」
 言われてすぐさま紅葉は艶に近付いた。
 そして息を呑んだ。
 呪いのよって蜿の全身を覆っていた蛇の鱗が、跡形もなく消えていた。