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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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旧説帝都エデン

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「さぁ、情報屋に訊いたほうが早いんじゃない?」
「……ホントになにもない?」
「ええ」
 短く断言された。
 とんだ無駄足でセーフィエルを辿る情報も途絶えてしまった。
 マナの意見を借りるなら、情報屋を頼る手立てもあるが、見つかる確証はない。
 紅茶を一気に飲み干し時雨は席を立った。
「ありがとう。じゃあ、行くね」
「まだいいじゃなぁい。ゆっくりしていってちょうだい」
 引き止めようとするマナの顔からアリスへ時雨は視線を移動させた。
「ホントにヒマなんだね」
 アリスの言葉に確信を得た時雨だった。
 歩き出す時雨。その背中にマナが言葉を浴びせる。
「べ、べつにヒマなんかじゃないわよぉん!」
 ムシして時雨は屋敷の外に急いだ。
 最後の頼りの綱は情報屋だ。運がいいことに時雨は帝都一と謳われる情報屋と知り合いだ。ツインタワーにオフィスを構える情報屋の真[シン]は、彼のオフィスでしか依頼を受けない。彼自身、いとも簡単に情報が漏洩すること知っており、万全の場所であるオフィスしか信用していないからだ。
 さっそく時雨は予約の電話を入れることにした。
 屋敷の庭を抜けながら、ケータイを取り出し電話帳を開いていたときだった――いや、門を出たときだったというのが正しいだろう。
 まだ陽が高いはずなのに、まるで夜のような静けさがした。
 ゆらめく空間。
 闇色の影。
 夜魔の魔女セーフィエル。
「わたくしをお探しなのでしょう?」
「わおっ!」
 時雨は腰を抜かしそうなほど驚いた。
 まさか、ここでセーフィエルに会えようとは思いもしなかった。
 しかもセーフィエルの口ぶりは、事情を知っているようだ。
 落ち着きを取り戻して時雨が口を開く。
「よくボクが探してたってわかったね?」
「つい先ほど知ったわ。けれど捜す理由までは知らないわ。教えてくださる?」
「神威雪兎という人物を捜してて、どうやらこの世界じゃないところにいるらしくって、会う方法を知ってるのがあなただって話なんだけど?」
「あの場所は閉ざされたわ――前よりも強い結界において」
 時雨は落胆した。
「もう行けないってこと?」
「おそらく行けるのは女帝のみ」
「女帝ってこの街の女帝!?」
「そうよ」
 この帝都エデンを造り上げた人物。そして、世界に魔導を浸透させた人物。その偉大さはほかの誰の比でもない。時雨にとっても天と地以上の存在だった。
 政府の介入ですら厄介なのに、この地球上でもっとも偉大であり、もっとも恐られる人物が相手では手の出しようがない。
 だが、ここでセーフィエルは、
「あの場所に行く必用はないわ」
「え!?」
「もう雪兎はこの街に帰って来ているのですもの」
「それを早く言ってよ」
 この情報はかなりの進展だ。捜索の範囲が狭まってきた。
 さらに時雨は絞るために尋ねる。
「もしかして居場所知ってる?」
「それはわからないわ」
「だよね」
 そこまで虫のいい話もないだろう。
 しかし――。
「会える可能性はあるわ」
「どうやって……それよりも、どうしてあなたは雪兎のことを詳しく知ってるの?」
「それはあなたに関わる運命の駒だからよ」
「はぁ?」
 不思議な顔をする時雨に向かってセーフィエルは微笑んでいた。
「月を詠むには今宵はちょうどいいわ」
「はぁ?」
 セーフィエルがなにを言っているのか時雨には理解できなかった。
「まだ訊いていなかったわ。なぜ雪兎に捜しているのかしら?」
「それは守秘義務ってことで」
「教えてくれなくてはわたくしも力を貸すことはできないわ」
「それは……う〜ん、ちょっと待ってね、依頼主と相談するから」
 時雨はすぐにケータイで紅葉に通話をかけた。
 コールをしても出ない。
 しばらくコールしたがやはり出なかった。
 通話をやめてケータイをしまおうとしたとき、紅葉からの着信があった。
「あ、もしもし」
《すまない、手が離せなかったのだ。それでなにか進展はあったのかね?》
「それが神威雪兎に会う方法を知ってる人に会ったんだけど、事情を詳しく教えてくれないと力を貸せないって言うんだ」
《素性の知れない者には事情は話せない》
「ええっと、ボクの知ってる限りでは、マナと姉妹弟子の魔導師で名前はセーフィエルって言うんだけど」
《セーフィエル……まさか。『人工満月はどうかね?』と尋ねてみれくれないかね?》
「うん、わかったけど……」
 時雨にはなんのことかわからなかったが、セーフィエルに顔を向けて、
「『人工満月はどうですかー』だって?」
 それを訊いてセーフィエルは月のように微笑んだ。
「『わたくしが差し上げた魔導書はお役に立ちまして?』とその依頼主に伝えてくださる?」
「……うん」
 やはりなんのことかわからなかったが、時雨はケータイに話を戻して、
「『わたくしがあげた魔導書が役に立ったか?』だってさ」
《電話を代わってくれないかね?》
「いいの?」
《すでに互いの素性は知れている》
「そう」
 時雨からセーフィエルはケータイを受け取った。
「もしもしプロフェッサー紅葉。お久しぶりですわね」
《君が何者であるかずっと気になっていたのだ。どこであんな魔導書を手に入れたのか、この街を……いや、世界を支配し続けてきた者たちとどのような関係を持っているのか、君がなにを知っているのか?》
《あの魔導書はわたくしが書いた物ですわ》
「なに!?」
 驚く紅葉の声はケータイの周囲まで漏れるほどだった。
 セーフィエルは淡々と冷静だった。
「今はそのことよりも、あなたの弟のことが大事ではなくて?」
《なぜ……いや、君が知っていても不思議ではないのかもしれないな。私の弟がどのような病に冒されているか知っているのかね?》
 セーフィエルは微笑んだ。
「〈ヨムルンガルド結界〉とリンクしてしまった不幸な人間」
《どこまで知っているのか……その通りだ。おそらくそれが原因だろう、弟が謎の昏睡状態に陥っている。それを救う手立てを知る者が神威雪兎と私が考えた》
「それは正しいでしょう。わたくしも彼の力を使う……正確には彼の持つ刀があなたの弟を救うことになるでしょう」
《あの刀が必用なのか?》
 紅葉の声は重い。
「ええ、神刀月詠」
《あの刀は折れてしまった》
「新たな月詠を雪兎はこの街に持ち帰ったわ」
《雪兎がこの街に……さらに月詠まで……君は雪兎の居場所がわかるのかね?》
「いいえ、うふふ居場所はまでは知らないわ。ただ現れる場所なら知っているとでも言うのかしらね」
 なぜセーフィエルは笑ったのか?
「今宵の深夜、雪兎に会うことができるわ。夜明け頃には帝都病院まで雪兎を連れて行きましょう」
《なにか必用な準備はあるかね?》
「できる限りの魔防対策と広い場所を用意してくださるかしら」
《承知した》
「では、さようなら」
《よろしく頼む》
 セーフィエルは通話を切り時雨にケータイを返した。
「零時過ぎにお迎えに行くわ。あなたのお店の前で待っていてくださる?」
「別にあの店はボクのじゃ……」
 すでにセーフィエルは消失していた。

 丑三つ時の少し前から、その男はそこにいた。
 さらにその前から二人の男女がいた。
 後からやって来たのは雪兎。