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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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旧説帝都エデン

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二人の魔女


 偶然にも、その日に二人も弟子の志願者がきた。二人とも幼い女児だった。
 ひとりは名門――星神[ホシガミ]家の息女。
 ひとりは駆け込みのどこの馬の骨とも知れない女児。
 18世紀のフランスで流行した、室内装飾や家具類に囲まれたロココ様式の部屋。込み入った曲線模様と、華やかな色彩で部屋は飾られていた。
 足を組み、優雅に椅子に腰掛けているのは、この屋敷の主であるヨハン・ファウストだ。
「弟子はここ数十年とっていない」
 ファウストは目の前に座らせた二人の女児を見比べた。
 星神家の息女は日本とヨーロッパの混血らしく、金色の巻毛が似合う女児だった。絢爛なドレスに見えるのは魔導衣だ。地位も財力もある息女だとひと目でわかる。
 一方の女児は黒い質素ワンピース姿だった。黒髪と黒瞳からは東洋系ともラテン系とも取れる。目に見える才能を持っているのは星神家の息女だが、磨けば光るのはこちらの女児だろうとファウストは考えた。
「名前は?」
 とファウストが聞くと、相手を差し置いて勢いよく答えたのは神星家の息女だった。
「はぁい、私の名前は神星マナ。おとー様に言われてしょうがなく来ました」
 快活で自己主張の強いとファウストは瞬時に判断した。
 次にファウストが視線だけでもうひとりを促した。
「わたくしの名はセーフィエル」
「それは姓かね、名かね、それともミドルネームかね?」
「セーフィエルだけです。それが姓か名か、わたくし自身も知りません。セーフィエル――それがわたくしを表す記号」
 横にいるマナが不思議そうな顔つきでセーフィエルを見つめている。それを感じ取ったのか、セーフィエルはマナに顔を向け、月のように静かな微笑みを湛えた。
 金糸の法衣をはためかせてファウストが立ち上がった。
「よかろう、二人とも弟子として迎えうけよう」
「えぇーっ、私、弟子なんかやりたくなーい」
 騒ぐマナの横で、すっと立ち上がったセーフィエルが深々と頭を下げる。
「ありがとうございます」
 こうしてこの日、二人の女児がファウストの弟子となった。

 両親の言いつけで無理やりここに預けられたマナは怠惰そうな顔をしている。
 一方のセーフィエルは静かながらも、積極的な顔つきで真摯にファウストを見ている。
 真面目な者よりも、不真面目な者に目が向いてしまうのは必定。
 ファウストの視線はマナに向けられた。
「修行にペーパーテストはない、常に実践だ。血反吐を吐くまで扱いてやるから、そのつもりで覚悟しろ」
 他の部屋とは違い素っ気のない石壁の部屋。
 床には焼け焦げた黒ずみや変色した部分が見受けられる。
「さて、それでは二人の実力を見せてもらおうか」
 ここは魔導の室内訓練場であった。
 ファウストに促され、マナは待ってましたと胸を張る。
「私の実力を見て驚くんじゃないわよ」
 マナの周りにオレンジのフレアが現れた。それは蛍火のように、ゆらりゆらりと宙に浮く。
 目を瞑りマナがゆっくりと掌を胸の前に突き出した。
「ファイア!」
 紅蓮の炎が掌から放たれ、それはファウストを飲み込まんと飛んだ。マナはファウストを殺す気で炎を放ったのだ。
 鼻で嘲笑するファウストが法衣のマントを翻した。
 すると炎はあっさりとマントに呑み込まれてしまった。
「くだらん手品だ。私のマントに焦げ跡すら残ってらんぞ?」
 悔しそうにマナは口をへの字に曲げ、石畳をヒールで蹴っ飛ばした。
「あなたのこと殺せば家に帰れると思ったのにぃ!」
「私を殺せるのなら、殺せばよかろう。いつ何時、命を狙おうと構わんぞ」
 声をかみ殺すようにくつくつとファウストは笑った。
 マナのファウストへの殺意が、お遊びから憎悪に変わる瞬間だった。
 再びマントを翻したファウストは身体をセーフィエルに向けた。
「さて、おまえはなにができる?」
「わたくしは魔導力があまりありませんので、魔導具を使うことをお許しください」
「魔導具使うなんてずっるーい!」
 口を挟むマナにファウストが一括する。
「おまえは黙っていろ。魔導具の使用を許そう、さあはじめろ」
 セーフィエルが出したのは杖だった。
 本人の身の丈ほど杖の先には、木を刳り貫いて掘った翼が模ってある。その左右の翼の中心には蒼玉が埋め込まれている。
 おそらくこの杖は魔導力を増幅する装置なのだろう。
 セーフィエルの唇が三日月の笑みを浮かべた。
「……ファイア」
 杖を通して紅蓮の炎が放たれた。その規模はマナとほぼ互角。微かにマナが上か?
 紅蓮の炎はファウストの横を掠めたが、彼は微動だにせずに炎を間近で見定めた。
 炎が後ろの壁に煤を付け消えたの同時に、ファウストが静かに口を開いた。
「ふむ、その魔導具はどうした?」
「わたくしが自分で作りました」
「おもしろい、少し見せてはくれないか?」
「はい」
 献上するように杖はセーフィエルからファウストに手渡された。
 手彫りで丁重に作られた細工は、目を凝らすほどに繊細だ。宝玉は人工のようで、魔導の力を結晶化したもののようだった。
「この結晶も自分で加工したのかね?」
 ファウストが尋ねると、控えめにセーフィエルは微笑んだ。
「ええ、四季の森にある泉の水を蒸留して使いました」
 四季の森は別名〈迷いの森〉。ニーハマ区にある自然公園だが、今は一般の立ち入りが禁止されている。
 あの森で迷わず、目的を果たして外に出る。それを成し遂げたセーフィエルは賞賛に値する。
 杖をセーフィエルの返し、ファスウトは言った。
「おまえは魔導を直接使う才能より、魔導具を作る才能に恵まれているらしいな。他にどのような物が作れる?」
「アミュレットやタリスマンも作れます。けれど、今は魔導人形に興味があります」
 二人の会話をマナは不機嫌顔で聞いていた。自分が以外が人から賞賛されたり、脚光を浴びるのが許せないのだ。
「私なんかセーフィエルちゃんより、もぉっとスゴイ魔導具作れるわよ!」
 威勢の良いマナが負けじと出任せを吐いたことをファウストはすぐに見破った。
「よかろう、では今より24時間後に二人の作った魔導具を見せてもらう」
「う゛っ……」
 威勢の良かったマナが一歩後ずさりをした。身から出た錆び。負けず嫌いな正確と快闊な気質が災いした。
 マナにたいして、セーフィエルは事を受け止め淡々としている。
「条件はおありでしょうか?」
「二人には同じ材料で同じ物を作ってもらう――アミュレットだ。材料は四季の森にある冬の泉の水。早く作った者が勝ちではない。制限時間内に1つ、良品を作った者を勝ちとする。では、初め!」
 突然のスタート合図にも慌てず、セーフィエルは静かに部屋を出て行った。
 しかし、マナは目をパチパチしてファウストの顔を覗きこんでいる。
「ちょっと待ちなさいよ。四季の森って行ったことのあるセーフィエルが有利じゃないのよ」
「実践において有利もなにもない、結果が全て。御託を並べるのは敗者のすることだ、見苦しいぞ」
 これ以上ファウストに食い下がるのはプライドが許さない。マナは自分の力に絶対の自信を持っている。たとえ自分が不利でも勝ってみせなくてはならないのだ。
 マナはセーフィエルを追って屋敷を出た。