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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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旧説帝都エデン

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 目の前にいた鬼の首を刎ね、すぐさま時雨は振り返ったが間に合わない。鬼の鋭い爪が時雨の肉を抉ろうとした。
 爪が早いか、それとも時雨の一刀が早いか。
 鬼の肩から腰に一筋の光が走った。
 時雨の剣技が煌いたのか?
 いや、違った。
 斬られた鬼の上半身が下半身からずり落ちたとき、その先に立っていたのは大鎌を構えた夏凛の姿であった
「お兄様大丈夫?」
「う、うん」
「よかったぁ。お兄様にもしものことがあったら、アタシ食事も喉に通らなくなっちゃう〜」
 内股でモジモジする夏凛と眼前の鬼の死骸がミスマッチだ。明らかにぶりっ子していることは時雨にもわかった。
「猫被ってるでしょ、君」
「そ、なんなことないよぉ。お兄様ヒドイ」
「あっそ」
 時雨の心になにかが引っかかった。感覚的に覚えている記憶。夏凛のことを昔から知ってような気がした。
「夏凛伏せろ!」
 お兄様の言いつけを守り夏凛がしゃがみ、その頭上を時雨が飛び越えたのと同時に、雄たけびにも似た悲鳴があがった
 時雨の一刀で仕留められた鬼が地面に沈む。3匹目が潜んでいたのだ。
「お兄様……アタシのこと助けてくれたの?」
「助けたとか助けないとかじゃなくてさ」
「お兄様ステキ。やっぱり大好き!」
 時雨に飛びつき抱きついて押し倒す夏凛。
 続けざまに時雨はほっぺたにキスをされていた。
 このときの現場写真が雑誌に乗り、夏凛オカマ疑惑が強くなるのは数日後の話。
 自分の太ももに当たる夏凛のモノを感じ、時雨は慌てて夏凛を突っぱねた。
「男にキスされたくない」
「だから女だってば。お兄様の妹」
「股間についてるのに女?」
「だから身体は男だけど、もともと女だったんだってば」
「あっそ」
「兄様が記憶を戻せばいいんだってば。だからお兄様が住んでたマンションに行こうよ」
「ヤダ」
 なぜか嫌だった。夏凛の言っていることが信用できないわけじゃない。心のどこかで夏凛を避けているのだ。
「ボクさ、なんでかわかんないけどキミのこと苦手なんだ」
「お兄様ヒドイ。記憶ないって言ったのに……なんでアタシのこと避けるの?」
「はぁ?」
「記憶ないって嘘なんでしょ!」
「はぁ!」
「だって、だってアタシのこと避けようとするなんて。嘘までついてアタシのこと避けようとするの?」
「はぁ。君の言ってることが理解できないよ」
「お兄様のばかぁ!」
 突然、夏凛は手に持っていた大鎌を振り回して時雨に掛かってきた。恋愛のもつれの末に起きる殺意に似ている。
 泣きながら襲い掛かってくる夏凛に命の危険を感じ、時雨は背を向けて一目散に逃げ出した。仕事の事後処理なんて今はやってられなかった。今は命が掛かっている。
 公園を出て、人通りの多いオフィス街についても夏凛は後ろから追って来ていた。大鎌を振り回す危険人物に誰もが道を開けている。警察を呼ばれるのも時間の問題だった。
 いや、警察ならすぐ目の前にいた。
 道路の脇に止まっている帝都警察のロゴの入ったパトカー。すぐに時雨は助けを求めた。
 が、覗いたパトカーの中に人がいない。
 あきらめようと顔を上げて道路を見たとき、パトカーが何台も通り過ぎるのが目に入った。サイレンを鳴らして現場に向かう途中らしい。あちらの方向は公園のある方向だ。
 道路を駆け抜けるパトカーに助けを求めようとしたが、もうすでにパトカーは過ぎ去り、代わりに夏凛が時雨に追いてきた。
「お兄様ったらヒドイ。なんでいつもいつも逃げるの。なんでアタシの愛を振り払おうとするの!」
「あのさー、君の話だとボクたち兄妹なんでしょ。愛って可笑しいじゃないか」
「だってアタシお兄様のこと大好きなんだもん」
 なぜ深層心理で自分が夏凛を嫌っているのか、時雨はなんとなく理由がわかったような気がした。
 すぐそこまで迫っている夏凛。その距離は2メートルほどしかない。
 まだ追い詰められたわけじゃない。
 時雨が走ろうとしたときだった。
「武器を捨てて手をあげろ、さもないと撃つぞ!」
 その声は夏凛の後ろからした。時雨の位置からはその姿が確認できた。その制服姿は紛れもなく帝都警察の物だった。
 手から大鎌が消失させ、夏凛は苦笑いを浮かべながら振り返った。
「武器ってなんですかぁ? アタシぜんぜんわかんなーい」
 武器は確かにもうない。跡形もなく消えてしまったのだ。
 銃を向けたまま二人組みの警官が夏凛にゆっくりと近づいてくる。
「今もっていた武器をどこに隠した!」
「だーかーらー、武器ってなんのことですかぁ?」
「とぼけるのもいい加減しろ、署まで来てもらうぞ」
「アタシなにも悪いことしてないのにぃ」
 が、それを否定するように時雨は夏凛を指さし、
「その人、ボクを殺そうとしたんです。早く捕まえてください」
「お兄様なんてこと言うの!?」
 すぐに夏凛が時雨のほうを振り向いたときには、そこには誰の姿もなかった。時雨はさっさと逃げてしまったのだ。
「お兄様のば……うわっ!?」
 夏凛は警察官に取り押さえられ、地面に押さえつけられてしまった。
 手錠を掛けられ、夏凛は近くに止まっていたパトカーに押し込められた。
「アタシ無実だってば!」
「うるさい、署で全部聞いてやるから黙ってろ」
「お兄様助けてーっ!」
 叫び声が木霊し、パトカーは夏凛を乗せて走り去って行った。
 それを野次馬の影から時雨は小さく手を振って見送った。
「悩みの種がまた増えた。本当にボクの妹なのかな?」
 深くため息をついた時雨はこの場をあとにした。
 自分の過去が気にならないはずはない。しかし、時雨は今の生活にも満足していた。家に帰れば笑顔で迎えてくれる人がいる。
 それだけで今の時雨には充分だった。

 其の名は夏凛(完)